ロシア・ウクライナ戦争⑬ アウディーイウカ陥落――なぜ大損害でもロシア軍は攻撃を止めなかったのか

戦争・戦史
霊夢
霊夢

前回はロシア軍が守る側だったよね。今度はそのロシア軍が攻めるの?

魔理沙
魔理沙

しかも最初はかなりの装甲車を失ってる。それなら普通は攻勢が止まりそうだ。

霊夢
霊夢

なのに4か月後にはアウディーイウカが落ちるんだよね。途中で何が変わったの?

魔理沙
魔理沙

最初の作戦が失敗した後、同じ攻め方を続けたのか、それとも切り替えたのか。そこを見たいな。

2023年10月、ロシア軍はドネツク州アウディーイウカで大規模攻勢を開始しました。

大量の戦車・装甲車を投入した初動は、ウクライナ軍の地雷、砲兵、対戦車火力、無人機によって大きな損害を受けます。

それでも攻撃は終わりませんでした。

約4か月後の2024年2月17日、ウクライナ軍は都市から撤退。ロシア軍がアウディーイウカを占領します。

今回の中心疑問は、「なぜ最初の機械化攻撃に失敗したロシア軍が、攻撃を続け、最後には都市を取れたのか」です。

第13回サマリー

主な期間2023年10月10日ごろ~2024年2月17日(後日談として4月まで)
戦場ドネツク州アウディーイウカと周辺
ロシア側の初動北・南から大規模な機械化攻撃を実施し、短期間に多数の装甲車両を損失
その後の変化小規模歩兵、砲兵、FPVドローン、局地的装甲支援、滑空爆弾を組み合わせる消耗型攻撃へ比重を移す
ウクライナ側の問題長期防御による損耗、砲弾不足、補給・撤退路への圧力、最終局面の大規模航空攻撃
結果完全包囲される前にウクライナ軍が撤退し、ロシア軍が都市を占領
評価ロシア側の明確な戦術的勝利。ただし4か月で進んだ距離は限定的で、大規模機動突破を証明した戦いではない

アウディーイウカ――「10年の要塞」を少し言い換える

アウディーイウカはロシア占領下のドネツク市から北へ約15kmの工業都市です。全面侵攻前の人口は約3万2,000人でした。

2014年に親露派武装勢力が一時占領した後、ウクライナ軍が奪回。その後約10年にわたり前線に近い都市として戦闘と築城が続きました。

Reutersも、ウクライナ側が2014年以降に広範な防御陣地を整えてきた都市と説明しています。

2023年4月1日、戦闘で損傷したアウディーイウカの集合住宅
2023年4月1日のアウディーイウカ。戦闘によって損傷した集合住宅。 Author/Source:National Police of Ukraine/ Wikimedia CommonsCC BY 4.0
霊夢
霊夢

10年も前線なら、本当に街じゅうが地下要塞みたいになってたの?

魔理沙
魔理沙

そこまで言うのは盛りすぎかもな。でも守る側が地形と陣地を熟知している時間は長い。

「都市全体が一つの巨大地下要塞だった」とまで確認できる強い資料はありません。

より正確には、長年の前線化によって、守備側が地形・工業施設・既存陣地を熟知し、防御を継続的に改善してきた都市と考えるべきです。

市北西部には大規模なコークス工場があり、工業地帯と市街地、周辺集落が一体となった防御環境を作っていました。

なぜロシア軍は、ここを攻めたのか

アウディーイウカはドネツク市のすぐ北にあり、ロシア側にとって2014年以来の前線上の問題でした。

都市を取れば、ドネツク市北西のウクライナ側突出部を除去し、前線を西へ押し戻せます。

さらに2023年夏季反攻を防いだ後、ロシア軍が守勢から攻勢へ移ったことを示す戦果にもなります。

霊夢
霊夢

「勝ったって見せたい」だけで、大損害を出しながら攻めたわけじゃないんだ。

魔理沙
魔理沙

政治的な意味はあっても、ドネツク市のすぐ近くに相手の突出部が残る軍事的な意味もあるな。

したがって本記事では、攻略理由を政治的威信だけには置きません。軍事的・地理的価値と政治的価値が重なった目標として扱います。

10月10日――最初の大規模機甲攻撃

2023年10月10日ごろ、ロシア軍はアウディーイウカの北西・西・南側で大規模な攻撃を始めました。

初期には多数の戦車・歩兵戦闘車をまとめ、短時間で側面を押し広げようとします。

しかし、防御側が待ち構える開けた地形で、車列は地雷・砲撃・対戦車火力・無人機の標的になりました。

衛星画像分析では、10月10~20日の約10日間だけで少なくとも109両のロシア軍車両損失が確認されています。これは撮影・識別できた装備の数字で、全損失の確定値ではありません。

魔理沙
魔理沙

109両も確認できるなら、これはもう攻勢失敗だろ。突破に使う装甲部隊が消耗しすぎる。

霊夢
霊夢

でも、この後ロシア軍は攻め方を変えたんだよね。その判断は外れるの?

魔理沙
魔理沙

少なくとも「最初の計画」は失敗だと思う。でも戦い自体を続けられるかは別か……。

その区別が重要です。

ロシア軍は、短期間の大規模機甲突破には失敗しました。しかし、攻勢そのものを継続できないほど全戦力を失ったわけではありません。

10月末にも追加部隊を送り込み、攻撃を続けました。

大損害でも攻撃を続けられた理由

第一に、ロシア軍には追加投入できる部隊がありました。

ISWは10月末までに、南部軍管区第8諸兵科連合軍の部隊に加え、中央軍管区系部隊などがアウディーイウカ方面へ投入されていると分析しています。

第二に、同じ規模の装甲縦隊を繰り返す比重を下げました。

2024年1月、ウクライナ国家親衛隊の報道官は、ロシア軍が装甲車両の使用をやや減らし、偵察と攻撃に小規模歩兵グループをより多く使っていると説明しています。

霊夢
霊夢

じゃあ今度は歩兵だけを大量に突撃させたの?

魔理沙
魔理沙

バフムートみたいに聞こえるけど、全部を同じ戦術だと決めるのは早そうだ。

歩兵攻撃の比重は増えましたが、砲兵、無人機、装甲車両、航空支援も使われ続けました。

「戦車を完全に捨てて人海戦術へ移った」と二択にするより、大規模機械化突破から、より分散した小規模攻撃を火力で支える方式へ比重を移したと考える方が正確です。

バフムートと似ている。でも同じではない

バフムート

  • 攻撃の中心はワグネル
  • 受刑者を含む大量の人的補充
  • 小規模歩兵・砲兵による長期消耗戦
  • プリゴジンと国防省の組織対立が並行

アウディーイウカ

  • ロシア正規軍・旧DNR系部隊などが中心
  • 大規模機甲攻撃の失敗後に分散攻撃へ適応
  • FPVドローンと航空火力の存在感が増大
  • 最終局面では滑空爆弾を地上前進と結び付ける
霊夢
霊夢

ワグネルがいなくなっても、消耗戦そのものは終わらなかったんだ。

むしろバフムートで顕著だった小規模歩兵を繰り返し使う攻撃は、正規軍側にも広く見られるようになります。

1月――市街地へ入るため、別の「穴」も探した

2024年1月、ロシア軍は南側のツァールスカ・オホータ周辺で市街地へ食い込みました。

ISWは、小規模歩兵攻撃への依存が増えたことを確認しています。

さらにウクライナ側兵士への取材では、ロシア部隊が地下の送水管を利用してウクライナ陣地後方へ浸透したと証言されています。

霊夢
霊夢

送水管の中を通って後ろに出たの? そんなことまでやるの……。

魔理沙
魔理沙

奇襲としては効きそうだけど、一本の管だけで都市全体が落ちるわけじゃないよな。

この浸透は南部での局地突破を助けた要素で、アウディーイウカ陥落の単独原因ではありません。

重要なのは、大規模装甲車列だけでなく、歩兵が入り込める小さな経路を探し、局地的な弱点を使うようになったことです。

滑空爆弾――最終局面で増えた航空火力

2024年2月、ロシア軍の滑空爆弾攻撃が急増しました。

2月14日、現地のウクライナ旅団報道官はアウディーイウカだけで通常1日30発以上の滑空爆弾攻撃があると説明しました。

2月17日には、現地兵士が直前24時間に60発のKAB滑空爆弾が使われたと述べています。

ISWは最終局面について、ロシア軍が限定的・局地的・一時的な航空優勢を得て、前進する地上部隊へ近接した航空支援を提供できた可能性が高いと評価しました。

霊夢
霊夢

じゃあ最後は爆弾が強すぎて、一気に街が落ちたの?

魔理沙
魔理沙

爆撃だけで守備隊が消えるなら地上部隊はいらない。道路や市街地を押さえる兵も必要なはずだ。

滑空爆弾は、守備陣地や建物を破壊し、歩兵が前進しやすい条件を作りました。しかし都市を占領したのは、数か月続いた地上攻撃と航空火力が結び付いた結果です。

2022年5月、ロシア軍の砲撃後のアウディーイウカ第1学校
2022年5月19日公開、ロシア軍の砲撃後のアウディーイウカ第1学校。アウディーイウカでは2023年10月の大攻勢以前から長期間にわたり市街地被害が続いていた。 Author/Source:National Police of Ukraine/ Wikimedia CommonsCC BY 4.0。 ※Commons説明文は白リン弾による砲撃と記載しているが、本記事では兵器種類の断定にこの画像を用いず、「砲撃後の学校」として掲載する。

ウクライナ側を苦しめたのは「弾薬不足だけ」ではない

2024年初頭、ウクライナ軍は深刻な砲弾不足に直面していました。

米議会で追加支援法案の審議が長引き、従来の支援在庫も減少。Reutersはアウディーイウカ撤退を、数か月続いた弾薬不足とロシア軍攻勢が重なった大きな後退として報じています。

ただし「砲弾さえ十分なら永久に守れた」とは言えません。

ロシア側は北・南から圧力をかけ、市街地内部にも入り、航空攻撃を強めていました。砲弾不足は、その状況で防御側の選択肢をさらに減らしました。

霊夢
霊夢

弾が足りないって聞くと、それだけで負けたみたいに見えちゃう。

魔理沙
魔理沙

逆に弾が多ければ絶対守れた、とも言い切れない。敵は道路と市街地の両方から詰めてるからな。

「包囲完成」ではない――完全に閉じられる前の撤退

霊夢
霊夢

道路がまだ残ってるなら、最後まで粘ってから逃げる方が得じゃないの?

魔理沙
魔理沙

でも最後の一本が切れたら、今度は部隊ごと逃げられなくなる。撤退の判断は遅すぎても駄目だ。

霊夢
霊夢

街を守ることと、兵士を次の戦いに残すことがぶつかるんだ……。

2月17日、ウクライナ軍総司令官オレクサンドル・シルスキーはアウディーイウカからの撤退を発表しました。

理由として、包囲を避け、兵士の生命と健康を守るため、より有利な防御線へ移ると説明しています。

ISWも戦後評価で、ロシア軍は4か月の攻勢でアウディーイウカを完全に作戦的包囲することはできず、ウクライナ軍の大部分は撤収できたと分析しています。

オレクサンドル・シルスキー。2021年3月22日撮影
オレクサンドル・シルスキー。写真は2021年3月22日、当時ウクライナ陸軍司令官だった時期のもの。2024年2月8日にウクライナ軍総司令官へ就任し、2月17日にアウディーイウカ撤退を発表した。 Author:Ministry of Defence of Ukraine/Attribution:Mil.gov.ua/ Wikimedia CommonsCC BY 4.0

撤退は合理的だった。でも「ロシアの勝利」である

霊夢
霊夢

包囲前に逃げられたなら、ウクライナ軍は負けてないってこと?

魔理沙
魔理沙

兵力保存には成功しても、都市を相手に渡した事実は残る。そこは分けないと変だな。

撤退は戦力保存のための合理的な軍事判断でした。一方、アウディーイウカ市街地を占領し、2014年以来残っていたウクライナ側突出部を排除したことは、ロシア側の明確な戦術的勝利です。

ただし、その勝利が東部戦線全体の即時崩壊を意味したわけではありません。

ISWによると、ロシア軍が2023年10月から4か月かけてアウディーイウカ周辺で進んだ距離は約9kmでした。完全包囲も実現していません。

霊夢
霊夢

じゃあバフムートと同じで、「都市を取った」ことと「戦線全部を崩した」ことは別なんだ。

魔理沙
魔理沙

ただ今回は、その後も西へ攻撃が続く。次に進めたかどうかは見ておきたいな。

陥落直後の時点では、ロシア軍が大規模な機動突破能力を取り戻した証拠とは言えませんでした。

しかし、2024年春にはアウディーイウカ西方で前進を継続します。

エピローグ――アウディーイウカの西でも圧力は続いた

4月18日、ISWはアウディーイウカ北西のオチェレティネ方面で、ロシア軍が鉄道沿いに約3km前進したことを位置情報付き映像から確認しました。

4月末には、シルスキー自身がアウディーイウカ北西などの状況悪化を認め、ウクライナ軍が複数集落の西側へ後退したと発表しています。

Reutersが参照した公開戦況図では、アウディーイウカ占領後から4月末までに、ロシア軍はオチェレティネ方向へ15km超進んだとみられていました。

霊夢
霊夢

都市を取った瞬間に全部崩れたわけじゃないけど、そこから次の攻撃へはつながったんだ。

魔理沙
魔理沙

まだ“東部全体の突破”ではない。でもウクライナ側が守勢のまま押される時間が長くなっていく。

アウディーイウカは戦争を決める一撃ではありませんでした。しかし、2023年反攻失敗後にロシア側へ移りつつあった主導権を、より目に見える形にした戦果でした。

まとめ――ロシア軍は「時間をかけて攻める」方法へ適応した

ロシア軍は、アウディーイウカ攻勢を上手く始めたから勝ったわけではありません。

10月の大規模機甲攻撃では多数の装甲車両を失い、短期間の突破は失敗しました。

それでも人員と部隊を追加し、攻撃方法を小規模歩兵・砲兵・FPV・局地的装甲支援へ変化させ、最終局面では滑空爆弾を大量に投入しました。

同時にウクライナ側では弾薬不足が深刻化し、市街地浸透と航空攻撃によって補給・撤退条件が悪化します。

第11回では、ウクライナ軍が「高速突破」に失敗して攻勢の速度を失った。第12回では、ロシア軍が防御によって敵の時間を奪った。第13回では、そのロシア軍が今度は自分自身の損失を受け入れ、「時間をかけて攻め続ける」ことで都市を攻略した。
霊夢
霊夢

最初の大失敗を見たら、私はそこで終わったと思っちゃう。でも戦争って、その後にやり方を変えられるかも大きいんだね。

魔理沙
魔理沙

ただ、このまま東部でゆっくり押され続けるなら、ウクライナ側は別の手を考えたくなる。

霊夢
霊夢

別の手って……ロシア軍が強い東部じゃない場所を攻める?

その発想が、次回へつながります。

2024年夏、東部ではロシア軍が圧力を維持していました。

そこでウクライナ軍は、敵が最も強い正面を力ずくで押すのではなく、戦場そのものを変える選択をします。

2023年ザポリージャでは突破できなかったウクライナ軍が、なぜ2024年8月にはロシア本土クルスク州で再び高速進撃できたのか。

第14回では、クルスク侵攻と「現代戦でも奇襲・機動戦は成立するのか」を追います。

アウディーイウカ攻防戦――主要時系列

2014年アウディーイウカが一時親露派勢力の支配下に入るが、ウクライナ軍が奪回。その後、長期間前線に近い防御拠点となる。
2023年10月10日ごろロシア軍が北・南を中心に大規模攻勢を開始。多数の装甲車両を投入。
10月10~20日衛星画像分析で少なくとも109両のロシア軍車両損失が確認される。短期間の大規模機甲突破は失敗。
11~12月ロシア軍は攻勢を継続。小規模歩兵・砲兵・無人機を組み合わせ、側面の陣地を少しずつ圧迫。
2024年1月ロシア軍が南側のツァールスカ・オホータ周辺へ食い込み、市街地南部で戦闘が拡大。地下送水管を利用した浸透も報告される。
2月14日前後滑空爆弾攻撃が急増。ロシア軍が市街地内部と西側交通路への圧力を強める。
2月17日シルスキー総司令官がアウディーイウカ撤退を発表。ロシア軍が都市を占領。
2月18日ISWはロシア軍が完全な作戦的包囲を完成できなかった一方、4か月で約9km前進して都市を占領したと評価。
4月ロシア軍がアウディーイウカ北西のオチェレティネ方面などで前進。東部でウクライナ軍への圧力が続く。

シリーズ記事

使用画像・図版クレジット

  • アウディーイウカの集合住宅(2023年4月1日):National Police of Ukraine/Wikimedia Commons/CC BY 4.0。
  • アウディーイウカ第1学校(2022年5月):National Police of Ukraine/Wikimedia Commons/CC BY 4.0。
  • オレクサンドル・シルスキー:Ministry of Defence of Ukraine/Mil.gov.ua/Wikimedia Commons/CC BY 4.0。2021年3月22日撮影。

参考資料・外部リンク

資料の読み方:アウディーイウカ戦の兵力・損害数は当事者発表とOSINT集計で差が大きいため、本記事では総死傷者数の断定を避けた。109両は10月10~20日の衛星画像から確認されたロシア軍車両損失であり、全期間の総損失ではない。また「滑空爆弾が1日30~60発」という数字は現地ウクライナ側の証言をISWが紹介したもので、独立集計の確定値ではない。

※本記事は公開資料を基に、戦争・戦史上の出来事を分かりやすく整理したものです。交戦当事者の発表、外部推定、証言、記事独自の分析を区別し、確認できない事項はその旨を記載しています。

※本記事は「東方Project」の二次創作です。キャラクター原作:上海アリス幻樂団/立ち絵素材:うさ義式(うさ義様)/本記事は各国政府・軍・関連組織および東方Project公式とは関係ありません。

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