
キーウから撤退して、マリウポリでも3か月近くかかった。ロシア軍はもう攻める余力がないんじゃない?

全戦線で攻める余力はなくても、場所を絞れば話は変わる。特にロシア国境に近い東部なら補給もしやすいぜ。
2022年3月末、ロシア軍はキーウ・チェルニーヒウ・スームィ方面から撤退を始めました。全面侵攻から約1か月で、首都を短期間に屈服させる構想は実現しなかったのです。
しかし、ロシアが戦争そのものを諦めたわけではありませんでした。選んだのは、「同時に全部を取る戦争」をやめ、戦力と目標を東部へ絞ることでした。

つまり「負けて終わり」じゃなくて、「勝てそうな戦場へ作り直す」わけね。
その見方が今回の出発点です。前編では、ロシア軍がなぜドンバスを選び、どんな包囲を狙い、なぜその作戦が大規模機動戦から砲兵中心の消耗戦へ変わっていったのかを追います。
前回までのあらすじ
ロシア軍はキーウ攻略に失敗し、4月初旬までにウクライナ北部から撤退しました。一方、南部ではマリウポリの包囲を完成させ、5月まで続く市街戦・アゾフスタリ籠城戦へ移っています。
北部で得られなかった決着を、ロシア軍は東部ドンバスで取り直そうとしていました。
ドンバス攻勢・前編サマリー
| 対象期間 | 2022年3月25日~4月末 |
|---|---|
| ロシア側の転換 | キーウ方面から撤退し、ドネツク州・ルハンスク州の全域掌握へ重点を移す |
| 主要拠点 | イジューム、スロビャンスク、クラマトルスク、ドネツク・ルハンスク既存前線 |
| 当初の作戦像 | 北のイジュームと南・東側から進み、ドンバスのウクライナ軍主力を広く包囲する |
| 現実 | ロシア軍は戦力を集中したが、大包囲を短期間で完成できず、正面攻撃と砲兵火力への依存が強まる |
3月25日――ロシアが示した「第二段階」
3月25日、ロシア軍参謀本部のセルゲイ・ルドスコイ第一副総参謀長は、作戦の「第一段階」の主要任務は概ね達成され、今後はドンバスの「完全な解放」に重点を置けるという趣旨の説明を行いました。

それだけ聞くと、「予定通り第一段階を終えて次へ進んだ」ように聞こえるけど。

でもキーウを包囲できずに北部から全部下がるなら、結果から見れば目標変更だろうな。
ここは発表主体と後世の分析を分けます。ロシア側は「第一段階の任務を達成した」と説明しました。一方、Reutersは当時から、この発表を激しい抵抗に直面した後のより限定的な戦争目標への転換と報じています。
FPRIのRob LeeとMichael Kofmanも後の分析で、3月末を戦争の重要な転換点と位置付けました。ロシアはキーウを制圧・包囲できず、最大目標を達成できなくなったため、北部の部隊をハルキウ、ドンバス、南部へ再配置したと整理しています。
ロシア軍は「負けて退いた軍」だが、まだ強かった
ここで極端な見方を二つ避ける必要があります。一つは「キーウに負けたからロシア軍はもう戦えない」。もう一つは「北部から無傷の大軍を東へ移した」です。どちらも実態を正確には表しません。

FPRIによれば、ロシアは全面侵攻時に常備即応の大隊戦術群(BTG)の80%超を投入していました。つまり初期作戦が失敗した場合に使える予備が、もともと厚くありませんでした。
さらにキーウ、チェルニーヒウ、スームィ方面で人員と装備を失っています。北部から撤退した部隊の中には、再編・補充なしにそのまま大攻勢へ使える状態ではないものもありました。
すでに失っていたもの
- 開戦時の奇襲効果
- 北部戦線で失った人員・装備
- 全戦線を同時に攻め続ける余力
- 十分な作戦予備
それでも残っていたもの
- 大量の砲兵・多連装ロケット
- 戦車・装甲車などの機甲戦力
- 航空戦力
- ロシア国境に近い補給基盤

弱くなってはいるけど、「攻められない」ほどではない。だから戦場を狭くする意味があるのね。
4月18日、米国防総省高官は、ロシア軍がドンバスとウクライナ南東部に76個BTGを展開し、直前の数日だけで11個BTGを追加したと説明しました。
なぜドンバスだったのか

ドンバスが工業地帯なのは分かる。でも攻勢先として選ぶ理由は、工場だけじゃないだろ?
その通りです。ドンバスを「石炭と重工業の地域」とだけ説明すると、なぜ2022年春の主戦場になったのかが見えません。ロシア側から見ると、少なくとも三つの意味が重なっていました。
ロシアは2月21日にドネツク・ルハンスクの分離勢力を「独立国家」として承認していた。両州全域の掌握は、「ドンバス解放」という国内向け説明と結び付けやすい。
ロシア国境へ近く、既存の鉄道・道路網を使いやすい。ベラルーシからキーウへ伸びた北部戦線より補給線を短くできる。
2014年以来の前線で、経験豊富なウクライナ軍部隊が多数配置されていた。包囲・撃破できれば土地以上の軍事効果を期待できる。
つまりロシア軍の目標は、「ドネツク州とルハンスク州の地図を塗る」だけではありませんでした。ドンバス前線に展開するウクライナ軍主力を大きく包囲し、戦闘力そのものを削ることが重要でした。

土地を取るより、その土地を守っている主力部隊ごと囲めれば一気に有利になるんだ。
4月1日――イジュームを取った意味
その大包囲の北側で重要になったのが、ハルキウ州南東部の都市イジュームでした。
ロシア軍は3月から同市の攻略を続け、ISWは4月1日にイジュームを占領したと評価しています。イジュームはドネツ川沿いの交通結節点で、ここから南東・南へ進めばスロビャンスク方面へ圧力を加えられます。

イジュームから南へ下り、ドネツク側から北へ上がれば、その間のウクライナ軍を挟めるな。
ロシア側が狙った大きな形は、まさにそれでした。4月19日、ISWもロシア軍がイジュームから南東へ進む軸と、ドネツク方面から北西へ進む軸によって、東部のウクライナ軍を広く包囲しようとしていると評価しています。
+ ドンバス前線のウクライナ軍主力
4月18日――「ドンバスの戦い」が本格化する
4月18日夜、ゼレンスキー大統領は「ドンバスの戦いが始まった」と表明しました。ロシア軍はハルキウ州南東部からドネツク・ルハンスク州にかけて広い範囲で砲撃と攻撃を強めます。
米国防総省も同日、ロシア軍が東部・南東部へBTGを増やし、砲兵、ヘリコプター、指揮統制・航空支援能力を整えていると説明しました。

戦場を絞って、ロシア国境にも近い。今度こそキーウみたいな補給問題も減るんじゃない?
条件は北部戦線より改善しました。しかし、それで大包囲が簡単になったわけではありません。
地図では簡単なのに、なぜ大包囲は進まないのか
地図に二本の矢印を描くだけなら、イジュームから南へ、ドネツク方面から北へ進めば包囲は完成します。ところが実際の戦場では、矢印の間に何十kmもの防御陣地・河川・森林・都市が存在します。
FPRIは後の分析で、ロシア軍には4月時点でも通常戦力上の大きな優位があった一方、兵力不足のため機動戦で突破を拡大し、勢いを維持する能力が弱かったと指摘しています。

戦車で穴を開けるだけじゃ足りない。穴を広げて、側面を守って、後ろをつなぐ兵が要るわけだ。
そうです。ロシア軍の問題は「一切前進できない」ことではありませんでした。前進しても、その成功を大きな包囲へ変えるだけの人的余力が不足していたことです。
そこでロシア軍が使った最大の優位――砲兵
兵力が足りないなら、攻撃前に相手の防御力を物理的に削ればよい。ここからロシア軍は、もともと大きな強みだった砲兵火力への依存をさらに強めます。

「戦車の戦争」から「大砲の戦争」に変わったってこと?
表現としては近いですが、戦車が消えたわけではありません。戦車・歩兵戦闘車・歩兵は引き続き前進に必要です。変わったのは順番と比重でした。
陣地を発見
集中的に攻撃
歩兵・装甲が前進
火力を集中
FPRIは、ロシア軍が不足する人的戦力を大きな砲兵優勢で補ったと分析しています。5~6月にこの傾向はさらに強まり、前進は続いたものの、その速度は遅く、弾薬と人員を大量に消費する戦いになりました。
この数字は広く引用されてきたが、FPRIのLee/Kofman論考はその日次発射量を「非現実的に見える」と明確に留保している。重要なのは正確な一日当たり発射数ではなく、当時ロシア軍がウクライナ軍を大幅に上回る砲兵火力を発揮していたという相対的優位である。
「勝てる形」に変えたのに、戦争は終わるのか

でも目標をドンバスに絞ったなら、今度はかなり現実的になったんじゃない?

軍事目標として取りやすくなっても、それを取ればウクライナが戦争をやめるとは限らないぜ。
ここが戦術・作戦と戦略の違いです。
FPRIは、ロシアの新方針には明白な問題があったと論じています。仮にドンバス全域の占領に成功しても、それだけでウクライナがロシア側の条件を受け入れ、戦争を終える理由は乏しいからです。
つまり、ロシア軍は「次にどこを取るか」は狭めました。しかし、その軍事的成功をどう戦争終結へ結び付けるのかは不明確なままでした。
この問題は4月の時点ではまだ表面化していません。ロシア軍は東部へ兵力を集め、砲兵優勢を生かし、実際に前線を押し始めます。
しかし前進するたびに人員と砲弾を使い、ウクライナ側には西側から新しい榴弾砲・弾薬が届き始めます。ロシア軍が「勝てる形」に戦争を組み替えたように見えた時、その戦い方自体が次の消耗を生み始めていました。
まとめ――「第二段階」で本当に変わったもの
3月末の北部撤退後、ロシア軍は戦争を終えるのではなく、東部へ戦力を集中しました。
ドンバスには、ロシア国境に近い補給条件、2014年以来の政治目標、そしてウクライナ軍主力を包囲できる可能性がありました。イジュームを北側の橋頭堡とし、ドネツク方面からの攻撃とつなげる大包囲構想には軍事的な合理性がありました。
一方、北部戦線ですでに損耗したロシア軍には、強固な防御線を突破した後、その成功を大規模な機動包囲へ拡大するだけの兵力余裕がありませんでした。

だから包囲で一気に崩すより、砲撃で一つずつ削る戦いになっていったのね。
そうです。第二段階で最も大きく変わったのは、戦場の場所だけではなく「勝ち方」でした。
開戦初期は速度、奇襲、機甲部隊の深い進撃で短期間の政治的崩壊を狙いました。ドンバスでは、強固な防御陣地へ大量の火力を集中し、少しずつ前線を押す消耗戦へ重心が移ります。

問題は、その削り合いならロシア軍が本当に最後まで有利なのか、だな。
そこからが後編です。
5月、ロシア軍は大包囲構想をさらに縮小し、ポパスナ突破からセベロドネツク・リシチャンシクへ火力を集中します。ロシア軍はルハンスク州のほぼ全域を掌握する戦果を得ますが、その間に人員と砲弾を大量に消費しました。
砲兵優勢で領土を取ることはできた。では、その代償は戦争全体で何を変えたのか。第6回後編では、セベロドネツク・リシチャンシク攻防戦と、西側重火器が戦場へ入り始める過程を追います。
ドンバス攻勢・前編――主要時系列
シリーズ記事
使用画像・図版クレジット
- ドンバス方面のロシア軍戦車:Russian Ministry of Defence/掲載元:Foreign Policy Research Institute「How the Battle for the Donbas Shaped Ukraine’s Success」。FPRI記事上の画像クレジットに基づく。
参考資料・外部リンク
- FPRI:Rob Lee / Michael Kofman「How the Battle for the Donbas Shaped Ukraine’s Success」
- Reuters:Russia states more limited war goal to “liberate” Donbass(2022年3月25日)
- Reuters:U.S. sees Russia focusing on eastern Ukraine(2022年3月25日)
- ISW:Russian Offensive Campaign Assessment, April 4, 2022
- ISW:Russian Offensive Campaign Assessment, April 19, 2022
- U.S. Department of Defense:Russia Adds 11 Battalion Tactical Groups in Ukraine(2022年4月18日)
※本記事は公開資料を基に、戦争・戦史上の出来事を分かりやすく整理したものです。交戦当事者の発表、外部推定、証言、記事独自の分析を区別し、確認できない事項はその旨を記載しています。
※本記事は「東方Project」の二次創作です。キャラクター原作:上海アリス幻樂団/立ち絵素材:うさ義式(うさ義様)/本記事は各国政府・軍・関連組織および東方Project公式とは関係ありません。


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