ロシア・ウクライナ戦争⑥ ドンバス攻勢――「第二段階」の始まり(後編)

戦争・戦史

前回記事ではドンバス地方の攻勢における序盤、ハルキウ州南東部の都市イジュームの戦いを解説した。

今回はそれに引き続き、ドンバス地方における攻防戦を解説する。


ドンバス攻勢 後半サマリー

項目 内容
戦争日数 約67~130日目
対象期間 2022年5月~7月3日
主戦場 ルハンスク州セベロドネツク、リシチャンシク、ドネツ川周辺
ロシア軍の主な目標 セベロドネツクとリシチャンシクを攻略し、ルハンスク州全域の掌握を宣言する
ウクライナ軍の目的 市街地でロシア軍を消耗させながら、補給路と撤退経路を維持して主力部隊を温存する
セベロドネツク撤退 2022年6月下旬、ウクライナ軍が市内から撤退
リシチャンシク陥落 2022年7月2~3日、ウクライナ軍が撤退し、ロシア側が都市制圧を宣言
ロシア側の戦果 ルハンスク州のほぼ全域を掌握し、全面侵攻開始後初の大きな地域目標を達成
戦略的影響 ロシア軍が前線を西へ押し進める一方、ウクライナ軍は精密長距離攻撃能力を獲得し始めた
今回の記事テーマ ロシア軍が砲兵優勢によってルハンスク州を掌握しながら、なぜ戦争全体の決着には至らなかったのかを整理する


セベロドネツク・リシチャンシク攻防戦――砲兵が支配した都市戦

項目状況
ロシア軍セベロドネツクへ大規模攻勢
ウクライナ軍市街地で防御・局地反撃
主力兵器榴弾砲・多連装ロケット・航空攻撃
戦況激しい市街地戦へ発展

2022年5月、ロシア軍はドンバス攻勢の主目標をルハンスク州の主要都市セベロドネツクリシチャンシクへ定めた。

両都市は州内に残るウクライナ側の最終拠点であり、ドネツ川を挟んで向かい合い、一体の防衛線を形成していた。
工業施設や橋梁を有する戦略的要衝でもあった。

(両都市とドネツ川の位置。赤枠はルハンスク州。 引用元:ウクライナの地方行政区画 – Wikipedia

ロシア軍は数日間にわたる砲撃で防御陣地を破壊し、その後に歩兵や装甲部隊を前進させる戦術を繰り返した。

(リシチャンシクに進軍する親露派部隊。 引用元:Легендарные подразделения от Геннадия Дубового, CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=120171077による)

一方、ウクライナ軍は市街地を利用して抵抗を続けた。

建物ごとに防御陣地を構築。近距離戦へ持ち込むことでロシア軍の優勢を相殺しようとしたのである。

6月初旬には、ウクライナ軍が局地的な反攻を開始し、市街地の一部を奪還したものの、一週間程度で郊外まで押し戻された。その後もロシア軍は砲兵戦力を投入し、戦況の流れはロシア側優勢のまま変わらなかった。

都市機能は次第に破壊され、多くの住宅や公共施設が損傷。都市を繋ぐ橋梁は破壊され、南北両方向からの圧力により、補給路は遮断されつつあった。

6月10日にはウクライナの軍事情報局副局長が「ウクライナはほぼ弾薬切れにある」と述べた。

補給線の維持が困難になるなか、ウクライナ軍司令部は兵力を保持することを優先し、段階的な撤退を決断。

結果、7月2日~3日、ロシア国防省はリシチャンシクを制圧し、ルハンスク州全域を掌握したと発表した。両都市の陥落に伴い、ロシアとルガンスク人民共和国はルハンスク州の完全支配を宣言した。
約二ヶ月を費やし、ロシア軍は侵攻開始以来初めて、大きな地域目標を達成したことになる。

その代償は小さくはなかった。

攻勢で多数の兵員と装備を消耗し、部隊の疲弊は蓄積していった。

一方、ウクライナ軍は兵力の温存に成功し、新たな防衛線へ後退したことで、その後の反攻作戦へつながる基盤を維持したのである。

(5月末ロシア軍によるセベロドネツクへの攻撃。 引用元:Mvs.gov.ua, CC 表示 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=118777135による)

以降、ロシア軍はドネツク州に続き、ドネツク州の完全支配を目指すことになる。


静かな変化

ドンバス攻勢の最中、戦局を左右するもう一つの変化が起きていた。

アメリカをはじめとする西側諸国が、ウクライナへの重火器供与を本格化させたのである。

155mm榴弾砲M777に加え、6月には高機動ロケット砲システムHIMARSの供与が決定された。

この決定はロシア・ウクライナ戦争全体の流れを変える重要な転機となった。

ロシア軍が砲兵優勢によって前進していた一方で、ウクライナ軍は新たな戦い方を手に入れようとしていたのである。

(155mm榴弾砲M777。 引用元:130417-M-SO590-119 – M777 155mm榴弾砲 – Wikipedia

ロシア・ウクライナ戦争で大きな戦術的な影響を及ぼしたHIMARS

(高機動ロケット砲システムHIMARS。 引用元:DVIDSHUB – Flickr: Artillery tradition leaves new platoon leaders hatless [Image 1 of 2], CC 表示 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=16055161による)


まとめ

ロシア軍は戦力を東部へ集中させた。
中心となったのがセベロドネツクとリシチャンシクをめぐる攻防であり、この戦いは砲兵火力を主体とする消耗戦の象徴となった。

こうして2022年4月から7月にかけて続いたドンバス攻勢は、ロシア軍にとって一定の戦果をもたらした。

ルハンスク州の大部分を掌握し、東部戦線で前線を西へ押し進めた。

しかし、その進撃速度は侵攻当初の想定よりはるかに遅く、多大な損害と膨大な弾薬消費を伴うものだった。

一方、ウクライナ軍は領土の一部を失い後退を続けながらも、主力部隊を温存維持し続けた。

西側諸国から供与される重火器の運用準備も進み、戦局は徐々に変化し始める。

ドンバス攻勢は「ロシア軍が最後に大規模な前進を実現した局面」であると同時に「ウクライナ軍が反攻への土台を築いた時期」であると言える。

数週間の後、戦争は再び大きな転換点を迎えることになる。

2022年3月頃~6月頃までの時系列

時期主な出来事戦況・意義
2022年3月下旬ロシア軍がキーウ方面から撤退を開始首都制圧を断念し、戦略を見直す転機となった。
2022年4月2日ウクライナ政府がキーウ州全域の奪還を発表首都周辺からロシア軍が撤退し、防衛戦はウクライナの勝利で終結した。
2022年4月上旬ロシア軍が東部へ部隊を再配置ベラルーシやロシア本土で再編後、ドンバス方面へ戦力を集中した。
2022年4月18日ロシア軍がドンバス大攻勢を開始ドネツク州・ルハンスク州の完全掌握を目標とする「戦争第二段階」が始まった。
2022年4月下旬イジュームを拠点に南下作戦を展開スロビャンスク・クラマトルスク方面への包囲作戦を試みた。
2022年5月セベロドネツク攻防戦が本格化火力を主体とした市街地戦・消耗戦へ戦い方が大きく変化した。
2022年6月ウクライナ軍が一時反撃するも後退激戦の末、市街地の大部分をロシア軍が制圧した。
2022年6月下旬セベロドネツクからウクライナ軍が撤退防衛部隊の温存を優先し、リシチャンシク方面へ戦線を整理した。
2022年7月3日リシチャンシク陥落ロシア軍がルハンスク州全域の制圧を宣言した。
2022年6~7月M777・HIMARSの実戦投入開始西側重火器の到着により、ウクライナ軍はロシア軍の補給拠点への精密攻撃能力を獲得した。

次回予告

次回では、西側兵器の実戦投入とハルキウ反攻作戦を中心に、戦局がどのように変化したのかを詳しく見ていく。

参考資料・外部リンク

セベロドネツク・リシチャンシク攻防戦

ウクライナ政府の発表

M777・HIMARSと西側諸国の軍事支援

NATO・国際社会の支援

兵器・装備の公式資料

画像・地理資料

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