ロシア・ウクライナ戦争⑫ スロビキン・ライン――ロシア軍はいかに「時間」を防御力へ変えたのか

戦争・戦史
霊夢
霊夢

ちょっと不思議。ハルキウでは数日で戦線が崩れたロシア軍だよね? 半年くらいで、そんなに守り方って変わるものなの?

魔理沙
魔理沙

塹壕を増やしただけなら説明にならないな。突破された後に誰が止めるかまで変わってないと、また穴が広がるはずだ。

霊夢
霊夢

じゃあ「スロビキン・ライン」って、巨大な壁そのものが強かったわけじゃないの?

魔理沙
魔理沙

たぶん本体は壁じゃない。敵に時間を使わせて、その間に砲兵や予備を働かせる仕組みなんだろう。

2022年9月、ロシア軍はハルキウ州で大きく後退しました。11月には州都ヘルソンを含むドニプロ川西岸も放棄します。

ところが約半年後。2023年夏のウクライナ反攻では、同じロシア軍が南部戦線で大規模な突破を阻止しました。

この変化を象徴する言葉が「スロビキン・ライン」です。

ただし、これは一本の巨大な壁の固有名詞として理解すると本質を外します。

ロシア軍が作ったのは、敵の速度を奪い、その時間で観測・火力・予備・再敷設を働かせる「防御地域」でした。

第12回サマリー

対象期間2022年秋~2023年9月
出発点ハルキウでの戦線崩壊、ヘルソン西岸からの撤退
ロシア側の転換攻勢偏重から、占領地を長期保持するための防御重視へ
南部で守るものザポリージャ州南部と、ロシア本土~クリミアを結ぶ陸上交通
防御の中核障害帯、地雷、塹壕、対戦車火力、砲兵、観測、予備を組み合わせた縦深防御
重要な適応反攻開始後も地雷原を深くし、火力配置や陣地処理を変更
結果局地的な陣地突破を許しても、2022年ハルキウのような連鎖崩壊を防いだ

2022年秋――ロシア軍は「取る軍」から「守る軍」へ

第7回で見たハルキウ大反攻では、ロシア軍の前線は薄く、突破口を塞ぐ機動予備も不足していました。

第8回のヘルソンでは、ロシア側は政治的損失を受け入れて西岸から有力部隊を撤収し、ドニプロ川東岸へ防御線を移しました。

ここで重要なのは、二つの敗北から同じ教訓が出たことです。

広い占領地を薄く守りながら攻撃も続ける体制では、局地的に破られた時に戦線全体が崩れる。

霊夢
霊夢

だから「全部取り続ける」より、まず取った場所を守れる形にしないと駄目だったんだ。

魔理沙
魔理沙

ヘルソン撤退も部分動員も、防御線建設も、別々の話じゃなくて同じ立て直しの一部に見えてくるな。

RUSIは、2022年秋のハルキウ崩壊とヘルソン撤退を受け、当時ロシア軍を統括していたセルゲイ・スロヴィキンが二つの方針を採ったと整理しています。

一つはウクライナのインフラへ長距離攻撃を加える消耗戦。もう一つが、占領地域に一連の防御線を作り、今後のウクライナ軍の前進を鈍らせることでした。

セルゲイ・スロヴィキン上級大将の2021年フォトモンタージュ
セルゲイ・スロヴィキン。2021年作成のフォトモンタージュで、元写真は2018年の肖像。階級章や略綬がデジタル加工されている。 Source/Attribution:Mil.ru(撮影:Vitaliy Pikov)/ Wikimedia CommonsCC BY 4.0
霊夢
霊夢

名前が付いてるくらいだから、スロヴィキン本人が全部設計した要塞なの?

魔理沙
魔理沙

そこまで一人の作品みたいに考えるのは危ないな。途中で総司令官も交代してる。

霊夢
霊夢

じゃあ名前は象徴みたいなもの?

そう考える方が正確です。スロヴィキンは2023年1月にロシア軍の統括司令官を外れましたが、防御線建設はその後も続きました。

したがって本記事では「スロヴィキン・ライン」を、彼の指揮期に防御重視へ転換し、その後ロシア軍全体が建設・運用・改良した防御体系を指す便宜的な名称として使います。

何を守るための防御だったのか

南部ザポリージャ正面が特に重要だったのは、その先にトクマク、メリトポリ、そしてアゾフ海があるからです。

ウクライナ軍が南へ大きく突破すれば、ロシアが占領する南部地域を東西に分断し、クリミアへ続く陸上交通へ圧力をかけられます。

トクマクは道路・鉄道の結節点で、2023年反攻ではウクライナ側の重要な到達目標でした。

魔理沙
魔理沙

つまりロシア側から見ると、ここを破られると「村を一つ失う」じゃ済まない。後方交通まで危なくなる。

霊夢
霊夢

だったら攻撃が来そうな場所も、かなり予想しやすいよね。

そこが2022年ハルキウとの大きな違いです。ロシア軍は南部突破が重大な脅威になると理解し、攻撃方向を予測しながら時間をかけて築城できました。

「250kmの壁」ではない――約2,000kmの築城網

この防御体系を、長さ250kmの単一の壁と考えるのは正確ではありません。複数地域の障害帯、火力、予備、補修能力が組み合わさった防御システムとして捉える必要があります。

Reutersが2023年6月に衛星画像や専門家分析をまとめたところ、ロシアの築城線はベラルーシ国境方面からドニプロ川河口まで約2,000kmに及び、そのうちウクライナ領内には約1,000kmの密な多層線があるとされました。

もちろん、2,000kmすべてが同じ強度、同じ構造ではありません。

霊夢
霊夢

じゃあ「スロビキン・ライン」って一本線じゃなくて、場所によって厚さも中身も違うネットワークなんだ。

魔理沙
魔理沙

地図に一本線を引くより、「守る地域が何層もある」と考えた方が良さそうだ。

衛星写真で見る――竜の歯だけでは意味がない

トクマク北方で確認された塹壕、竜の歯などロシア軍の防御施設の衛星画像
トクマク北方で確認されたロシア軍の築城。衛星画像では塹壕と「竜の歯」など複数の障害・陣地が組み合わされている。 © Maxar Technologies / Provided by European Space Imaging/掲載元: Geospatial World「Two Years of War in Ukraine Through Satellite Imagery」。 ※オープンライセンス画像ではないため、出典を明記した資料引用として掲載。

「竜の歯」は戦車を魔法のように止める障害物ではありません。単独なら工兵が撤去したり、突破路を作ったりできます。

価値が生まれるのは、その前後に地雷、塹壕、観測、対戦車兵器、砲兵がある時です。

霊夢
霊夢

コンクリートの三角が強いんじゃなくて、「そこで止まると撃たれる」から嫌なんだ。

魔理沙
魔理沙

そう考えると、障害物の役目は撃破より進路を予測可能にすることだな。

地雷の役割――「壊す」より「止める・曲げる」

ソ連製POM-2S散布型跳躍地雷の資料写真
ソ連製POM-2S散布型跳躍地雷の資料写真。2007年6月26日撮影で、2023年のザポリージャ戦線を撮影したものではない。 Photo:Johan Fredriksson(Esquilo)/ Wikimedia CommonsCC BY-SA 3.0

ロシア軍は対戦車地雷と対人地雷を組み合わせ、攻撃部隊の進路を限定しました。

地雷の役割は、すべての戦車をその場で破壊することではありません。

地雷があると工兵が必要になります。安全通路を開ける間は速度が落ち、車両は限られた場所へ集中します。

霊夢
霊夢

地雷で止まった車両を、ドローンが見つけて砲兵が撃つ。第11回で攻撃側から見た流れだね。

魔理沙
魔理沙

今度は防御側から見ると、「数分でも止めれば後ろの兵器を働かせられる」ってことか。

霊夢
霊夢

じゃあ地雷一個の値段と戦車一両の値段を比べても、本質じゃないんだ。

防御線は「完成品」ではなかった――戦いながら変える

ここがスロビキン・ラインを単なる建築物と見ると見落とす点です。

ロシア軍は2023年6月の反攻が始まった後も、防御方法を変更しました。

RUSIによると、ロシア軍の地雷原は教範上およそ120mの縦深を想定していました。

ところが初期戦闘で、その程度なら地雷除去爆索などで歩兵が陣地へ到達できると判断されると、最大約500mの深さを目指す方向へ拡張しました。

霊夢
霊夢

え、防御線って反攻が始まる前に完成してたんじゃないの?

魔理沙
魔理沙

敵の突破方法を見て、その場で地雷原まで作り替えたのか。

霊夢
霊夢

それなら「半年かけて作った要塞に突っ込んだ」だけじゃ説明が足りないね。

そうです。地雷を深くすれば必要量も増えます。RUSIは、ロシア側が教範通りの密度を全面で維持できず、即製爆発物を混ぜたり、対戦車地雷を二段に重ねたりする適応まで行ったと報告しています。

さらに、陣地を奪われた後に砲撃する方法だけでなく、撤退時に自陣を爆破できるよう準備する例も確認されました。

防御線は「2023年6月に完成していた固定物」ではない。ウクライナ軍の突破方法を観察し、ロシア軍自身も損失を出しながら更新された戦闘システムだった。

第一線を越えても、なぜ戦線は崩れなかったのか

8月末、ウクライナ軍はロボティネを奪還し、9月にはヴェルボヴェ方面のロシア防御陣地へ食い込みました。

当時、「第1防衛線を突破した」というウクライナ側将官の発言が大きく報道されました。

一方、BBCの現地取材では「まだ第1線を完全には越えていない」とする別部隊の説明も紹介され、どこを「第1防衛線」と呼ぶか自体に差がありました。

霊夢
霊夢

「第一線突破!」って聞くと、もう後ろは空いてるように思っちゃう。

魔理沙
魔理沙

でも防御地域なら、一か所に穴を開けることと、その穴から大部隊を流し込むことは別だ。

2023年8月25日、ロボティネ近郊で破壊されたウクライナ軍戦車とウクライナ兵
2023年8月25日、ザポリージャ州ロボティネ近郊。破壊されたウクライナ軍戦車のそばを歩くウクライナ兵。 Photo:Viacheslav Ratynskyi / REUTERS/ Reuters。 参考元:BBC News Japan。 ※Reutersのライセンス対象報道写真であり、CC等のオープンライセンス画像ではない。

ロボティネ奪還は本物の戦術的成果です。問題は、その前進をトクマクへ向かう高速突破へ変えられなかったことでした。

防御側は、攻撃側が地雷除去・補給・部隊入れ替えに時間を使う間に、別方面から部隊を移せます。

ISWは9月、ロシア軍が精鋭の空挺部隊をロボティネ周辺へ再配置していると評価しました。

魔理沙
魔理沙

ここがハルキウとの差だな。2022年は突破口の後ろに、穴を塞ぐ兵が足りなかった。

霊夢
霊夢

2023年は第一線が削られても、その間に別の部隊が来る。だから穴が一気に広がらない。

ハルキウ2022とザポリージャ2023――「突破後」が違った

比較2022年 ハルキウ2023年 ザポリージャ
攻撃方向ロシア側が主攻を十分読めず、薄い正面を突かれる南部突破の重要性が明白で、ロシア側が長期間準備
第一線突破後に守備部隊が急速に後退障害帯・陣地を使って攻撃側の速度を低下
予備機動予備が乏しく、突破口を塞げない他正面から空挺部隊などを移し、脅威方向へ増援
攻撃側の時間突破後に高速移動し、ロシア側の判断より先に後方へ到達地雷除去・歩兵戦・補給で日数を使い、防御側へ再編時間を与える
結果局地突破が作戦的崩壊へ拡大局地突破を許しても戦線全体の崩壊を回避
霊夢
霊夢

防御線の強さって、「絶対に一歩も入れない」ことじゃないんだ。

魔理沙
魔理沙

敵の突破速度より、自分の反応速度を速くできればいい。そう考えると「時間」が本体って話につながるな。

それでも「完璧な要塞」ではなかった

スロビキン・ラインを過大評価するのも危険です。

RUSIの戦術研究では、ロシア軍も初期戦闘で戦車・砲兵・人員に大きな損失を受けました。特に砲兵損失は、長期的にウクライナ軍を消耗させる能力を弱める懸念としてロシア側に認識されていました。

地雷原を深くしたのも、最初から完璧だったからではなく、初期配置が突破され得ると分かったためです。

霊夢
霊夢

つまり「完璧に設計された最強要塞」へウクライナ軍が突っ込んだ、でもない。

魔理沙
魔理沙

ロシア側も壊されながら修正して、その結果として突破速度だけは奪い続けた、だな。

はい。この戦いでは、攻撃側だけでなく防御側も適応していました。

そして防御側にとって最も価値があったのは、「敵を一度も前進させないこと」ではなく、前進のたびに数日を使わせることでした。

「安い地雷が高価な戦車に勝った」でもない

地雷や竜の歯は戦車より安価です。しかし価格差だけで「安い兵器が高価な戦車を倒した」とまとめると、防御システムの大部分が消えてしまいます。

地雷を置くには補給が必要です。砲兵を維持するには砲弾と輸送が必要です。無人機には通信・電子戦が、予備部隊には道路・指揮・燃料が必要です。

防御側も巨大な兵站システムを維持して初めて、障害物を火力へ接続できます。

霊夢
霊夢

コンクリートと地雷だけ置いて帰ったら、防御線にはならないんだ。

魔理沙
魔理沙

その後ろで兵士と砲弾を動かし続ける能力まで含めて、初めて“ライン”になる。

まとめ――ロシア軍は「時間」を防御力へ変えた

2022年ハルキウでロシア軍が失ったものは、土地だけではありません。突破された後に立て直す時間を失いました。

2023年南部では、その反省が逆方向へ働きます。

地雷、障害物、塹壕は攻撃部隊を止める。停止すれば位置が分かる。火力を加え、その間に予備を動かす。突破方法が変われば、地雷原や陣地の使い方も変える。

スロビキン・ラインの強さは「突破不能の壁」ではなかった。局地的に突破されても、ウクライナ軍がその穴を作戦的突破へ広げる前に、ロシア軍が次の対応を行えるだけの時間を作り続けたことにあった。
霊夢
霊夢

第11回ではウクライナ軍が必要な速度を出せなかった。今回は、ロシア軍がその速度を奪う仕組みを作ったって分かったね。

魔理沙
魔理沙

でも守ってばかりなら戦争には勝てない。次は、この時間で再編したロシア軍が攻撃へ戻れるかだ。

霊夢
霊夢

それがアウディーイウカ?

そうです。

2023年10月、ロシア軍はドネツク市北方のアウディーイウカへ大規模攻勢を開始します。

ところが最初の機甲攻撃では多数の車両を失い、またしても正面突破に苦しみました。

それでもロシア軍は攻撃を止めず、約4か月後には都市を占領します。

第13回では、防御で時間を稼いだロシア軍が攻撃側へ転じ、失敗した攻め方をどう変えてアウディーイウカを攻略したのかを追います。

主要時系列

2022年9月ハルキウ大反攻でロシア軍の薄い戦線と予備不足が露呈し、広域撤退。
2022年10月スロヴィキンがロシア軍のウクライナ作戦を統括。防御線構築を含む持久戦志向が強まる。
2022年11月ロシア軍がヘルソン西岸から撤退。占領地域で大規模な築城が拡大。
2023年1月スロヴィキンが統括司令官を外れるが、防御線建設は継続。
2023年春ザポリージャ州などで塹壕、対戦車壕、竜の歯、地雷原を含む多層防御地域が拡大。
2023年6月ウクライナ反攻開始。ロシア側は初期戦闘を受け、地雷原の深度や陣地運用をさらに適応。
2023年8月28日ウクライナがロボティネ奪還を発表。南部でロシア防御地域へ局地的に食い込む。
2023年9月ウクライナ軍がヴェルボヴェ方面の防御陣地へ進出。ロシア軍は空挺部隊などを再配置し、突破口拡大を阻止。
2023年10月南部の作戦的突破が実現しない中、ロシア軍がアウディーイウカ方面で大規模攻勢を開始。

シリーズ記事

使用画像・図版クレジット

  • セルゲイ・スロヴィキン:Mil.ru(Vitaliy Pikov)/Wikimedia Commons/CC BY 4.0。2021年フォトモンタージュ、元写真2018年。
  • POM-2S:Johan Fredriksson/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。2007年資料写真で、2023年戦場写真ではない。
  • ロボティネ近郊の破壊戦車:Viacheslav Ratynskyi / REUTERS、2023年8月25日。Reutersのライセンス対象報道写真。参考掲載元:BBC News Japan。
  • トクマク北方の衛星画像:© Maxar Technologies / Provided by European Space Imaging/掲載元 Geospatial World。オープンライセンス画像ではないため資料引用として出典を表示。

参考資料・外部リンク

資料の読み方:「スロビキン・ライン」は公式名称として厳密に一本の防御線を指す語ではなく、2022年秋以降にロシア軍が占領地域で構築した多層防御体系を指す通称として使用した。Reutersの約2,000kmは衛星で確認できる築城網全体の概算であり、すべてが同じ密度・強度という意味ではない。RUSIの120m→最大500mという数字も、2023年反攻中に観察された地雷原深度の戦術的適応についての記述であり、全戦線共通の固定値ではない。

※本記事は公開資料を基に、戦争・戦史上の出来事を分かりやすく整理したものです。交戦当事者の発表、外部推定、証言、記事独自の分析を区別し、確認できない事項はその旨を記載しています。

※本記事は「東方Project」の二次創作です。キャラクター原作:上海アリス幻樂団/立ち絵素材:うさ義式(うさ義様)/本記事は各国政府・軍・関連組織および東方Project公式とは関係ありません。

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