ロシア・ウクライナ戦争⑦ ハルキウ大反攻――なぜ数日で戦線が崩れたのか

戦争・戦史
霊夢
霊夢

前回はロシア軍がルハンスク州まで押し切ったよね。これでまたロシア側が主導権を握ったんじゃない?

魔理沙
魔理沙

土地は取った。でも、あれだけ砲弾と兵力を使った後で広い戦線全部を守れるかは別だぜ。

2022年7月初旬。ロシア軍はセベロドネツクとリシチャンシクを攻略し、ルハンスク州の主要地域を掌握しました。

地図だけを見れば、ロシア軍は再び前進しています。しかし、その勝利の内側では兵力不足が深刻化していました。

そして約2か月後。ハルキウ州でウクライナ軍が攻勢を開始すると、ロシア軍は春から数か月かけて維持してきた前線をわずか数日で放棄することになります。

霊夢
霊夢

数か月かけた戦線が数日? 何か新兵器で一気に吹き飛ばしたの?

そうではありません。今回の鍵は一つの兵器ではなく、「その場所、その瞬間だけを見ると、どちらの軍が強かったのか」です。

前回までのあらすじ

ロシア軍はキーウ攻略失敗後、ドンバスへ戦力を集中しました。4月の大包囲構想は進まず、5~6月には砲兵火力を集中して小さな包囲を積み重ねる戦いへ移ります。

その方法でセベロドネツク、リシチャンシクを攻略しましたが、FPRIは、この春から初夏のドンバス戦でロシア軍が人的戦力と砲兵弾薬を大きく消費したことが、秋のハルキウ・ヘルソンでのウクライナ軍成功の条件になったと分析しています。

ハルキウ大反攻サマリー

主な作戦期間2022年9月6日~9月中旬
主要地点バラクリヤ、クピャンスク、イジューム、オスキル川
ウクライナ側の狙い弱い正面を突破し、ロシア軍の後方・兵站拠点へ高速で進出する
ロシア側の弱点兵力不足、部隊の定員割れ、予備不足、前線部隊の質のばらつき
最大の転換点クピャンスクが脅かされ、南のイジューム突出部を維持できなくなったこと
結果ロシア軍がハルキウ州の大部分から撤退。イジュームを起点としたドンバス北部攻勢構想が崩壊

7~8月――「勝った軍」が抱えていた兵力不足

ハルキウ大反攻の原因を理解するには、9月6日から始めてはいけません。ロシア軍の問題は、その数か月前から積み上がっていました。

FPRIによれば、ロシア軍は侵攻当初から常備即応部隊の大部分を投入し、春から夏のドンバス戦でさらに損耗しました。9月までにハルキウ方面の一部部隊は、定数の25%未満にまで低下していたことを示す捕獲文書も確認されています。

魔理沙
魔理沙

ロシア全軍の人数を見るより、実際にバラクリヤの前線に何人いたかの方が重要だな。

その通りです。国家全体で戦車や航空機を何機持つかと、特定の100km以上の戦線を誰が守っているかは別問題です。

FPRIは、ハルキウの前線にルハンスク側の動員兵や、ロシア国家親衛隊のSOBR・OMONなどが配置されていたと整理しています。これらの部隊はすべてが通常の機械化戦闘を主目的に編成された部隊ではありません。

ヘルソン攻勢――本物の攻勢が「陽動」の効果も持った

7~8月、ウクライナ側は南部ヘルソン奪還を公然と目標に掲げ、8月29日には実際に南部で攻勢を開始しました。

霊夢
霊夢

よく「ヘルソン攻勢はハルキウのための陽動だった」って聞くけど、偽物の攻撃だったの?

いいえ。ヘルソン攻勢は実際にロシア軍をドニプロ川西岸から退かせ、11月のヘルソン市奪還へつながる本物の作戦でした。

ただし、本物の攻勢であることと、敵の注意・戦力を引き付ける効果を持つことは両立します。

魔理沙
魔理沙

ロシア側からしたら、ヘルソンを失うわけにはいかない。増援を送れば、その分ほかが薄くなるな。

FPRIは、ロシア軍が7~8月に空挺部隊などをヘルソン西岸へ増援したことで、ハルキウとザポリージャ方面に使える予備が減ったと分析しています。

つまり「ロシア軍は偽情報だけに完全に騙された」というより、守らなければならない本物の脅威を南に作られ、限られた有力部隊をそこへ配分したと見る方が正確です。

HIMARS――前線を吹き飛ばすより、後方を遠ざける

第6回後編で登場したHIMARSも、この時期には戦場へ定着していました。

2005年1月11日、White Sands Missile RangeでGMLRSを発射するHIMARS
M142 HIMARSからGMLRSを発射する試験。写真は2005年1月11日、米White Sands Missile Rangeで撮影されたもので、ウクライナ戦場の実戦写真ではない。 U.S. Army photo/ Wikimedia Commons/Public Domain(米国連邦政府著作物)
霊夢
霊夢

やっぱりHIMARSがロシア軍を壊したから、ハルキウで勝てたんじゃない?

重要な兵器ではありますが、それだけでは説明できません。FPRIはHIMARSが大型弾薬庫や指揮所へ大きな圧力を与え、ロシア砲兵の発射量を減らす効果があったと分析しています。

しかし、HIMARSがロシア軍の砲兵を停止させたわけではありません。ロシア側も補給拠点を射程外へ分散し、指揮所を防護し、囮を使うなど適応しました。

魔理沙
魔理沙

直接前線を全部叩くより、後ろの仕組みに余計な手間をかけさせる兵器として見る方がいいのか。

その理解が近いです。しかもハルキウ反攻では、砲兵とHIMARSだけでなく、防空部隊も前進してロシア空軍が突破部隊を阻止するのを難しくしたとFPRIは指摘しています。

「攻撃が来る」と知っていたのに、なぜ止められなかったのか

ハルキウ反攻を「誰にも予想されなかった完全な奇襲」と捉えると、準備の実像を見失います。

FPRIによれば、ハルキウのロシア側部隊には7月の時点でウクライナ軍攻勢を予想していた例があり、8月にはロシア側Telegramでもハルキウ方面の兵力集結が警告されていました。

霊夢
霊夢

え? じゃあロシア軍は、攻撃が来るかもしれないって知ってたの?

魔理沙
魔理沙

知ってるのと、止める兵を持ってるのは別ってことか。

そこが重要です。FPRIは、ロシア軍が危険を示す複数の兆候を得ていたにもかかわらず、十分な準備をほとんど行えなかったと評価しています。

最も大きかったのは予備の不足でした。第一線が破られた時、後方から機械化部隊を投入して突破口を閉じる力が十分ではありませんでした。

ハルキウ大反攻は「誰にも気付かれなかった完全奇襲」というより、攻撃の可能性を察知していても、そこへ十分な戦力を回せないロシア軍の状態を突いた作戦だった。

9月6日――バラクリヤ方面で突破

9月6日、ウクライナ軍はハルキウ州南東部のバラクリヤ北西・西側で攻勢を開始しました。

ISWは翌7日、ウクライナ軍がロシア支配地域へ少なくとも約20km前進し、約400平方kmを奪回したと評価しました。

魔理沙
魔理沙

20kmを一日ほどで入るなら、前線を少しずつ押す戦いとは速度が全然違うな。

ウクライナ軍は戦車・機械化歩兵だけでなく、軽偵察、空挺、特殊作戦部隊を組み合わせ、ロシア側拠点をすべて正面から処理するのではなく、その間を抜けて後方へ進みました。

FPRIはこれを、砲兵・HIMARS、防空、装甲・機械化部隊、軽部隊を組み合わせた諸兵科連合作戦として評価しています。

9月8日――バラクリヤ奪還、でもここで止まらない

2022年9月8日、奪還後のバラクリヤでウクライナ国旗を掲げるウクライナ兵
2022年9月8日、ロシア軍から奪還されたバラクリヤでウクライナ国旗を掲げるクラーケン部隊の兵士。 Author:General Staff of the Ukrainian Armed Forces/Attribution:Mil.gov.ua/ Wikimedia CommonsCC BY 4.0

9月8日までにウクライナ側はバラクリヤを奪還しました。しかし、戦役上より重要だったのは都市を取り戻したこと自体ではありません。

霊夢
霊夢

ここまで取ったなら、一度止まって防御を固めるんじゃないの?

魔理沙
魔理沙

今止まったら、ロシア軍に予備を集める時間を与える。穴が閉じる前に奥へ走る方が効きそうだ。

今回はその判断が当たっています。突破作戦では、第一線へ穴を開けること以上に、敵が立て直す前にその穴を何へつなげるかが重要です。

ウクライナ軍が次に目指したのは、東側の兵站結節点クピャンスクでした。

クピャンスク――イジュームを倒すために、イジュームを攻めない

クピャンスクはオスキル川沿いの鉄道・道路結節点です。Reutersは9月10日、同市をロシア軍の北東部戦線を支える重要な鉄道ハブとして報じています。

春以来、イジュームはロシア軍がスロビャンスク方向へ攻勢を行うための重要な突出部でした。そのイジュームへ物資を運ぶ後方拠点として、クピャンスクは大きな意味を持っていました。

霊夢
霊夢

イジュームを正面から奪うんじゃなくて、そこに居続けられなくするんだ。

そうです。9月8日時点でISWは、ウクライナ軍がクピャンスクへ到達すればロシア軍の地上補給線を深刻に悪化させると評価していました。

9月9~10日――クピャンスクへ到達、イジュームが危険になる

ウクライナ軍は東進を止めず、9月9日にはクピャンスク方面へ到達。翌10日、ウクライナ側部隊が市西部へ進入しました。

Reutersは同日、クピャンスク占領によってイジュームを含む北東部ロシア軍の補給が大きく脅かされたと報じています。

魔理沙
魔理沙

ここでイジュームに残ったら、南から退く道まで切られる可能性があるな。

その危険が高まったため、ロシア軍にとって重要なのは「イジューム市内で最後まで戦うこと」ではなく、部隊が閉じ込められる前に撤収することになりました。

9月10日――イジューム放棄、数か月の攻勢拠点が数日で消える

9月10日、ロシア国防省はバラクリヤ・イジューム方面の部隊をドネツク方面へ「再編成」すると発表しました。

ISWはこれをウクライナ軍の反攻によって強いられた撤退と評価。Reutersも、イジュームの喪失を3月のキーウ方面撤退以来、ロシア側にとって最大級の後退と報じました。

霊夢
霊夢

第6回であれだけ重要だったイジュームが、直接の大決戦もなく消えるのか……。

だからこそ、機動戦では補給線と後方拠点が重要です。春には「ドンバス大包囲の北側の蝶番」だったイジュームも、その背後へ敵が回り込めば突出部そのものが危険になります。

放棄された装備――敗因ではなく「急いで撤退した結果」

急速な撤退の過程で、ロシア軍は戦車、装甲車、自走砲、弾薬など多くの装備を残しました。Reuters記者も奪還地域で放棄された弾薬や車両を確認しています。

2022年9月、破壊されたロシア軍装備の残骸を確認するウクライナ軍兵士
2022年9月、破壊されたロシア側装備の残骸を示すウクライナ軍兵士。ArmyInformは9月23日、第30独立機械化旅団の兵士がロシア軍装備の残骸を公開したものとして掲載した。 出典: ArmyInform(2022年9月23日)。 ※掲載ページ上でCC等のオープンライセンス表示は確認できないため、本記事では出典を明示した引用画像として扱う。
魔理沙
魔理沙

装備を捨てたから戦線が崩れたんじゃなくて、崩れたから回収する時間がなかったんだな。

その順序が重要です。もちろん装備を失えば、その後の戦闘力も下がります。しかし反攻そのものの原因と、撤退時に現れた結果を混ぜてはいけません。

なぜ数日で崩れたのか――六つの条件が同時に重なった

ここまで来ると、ハルキウ大反攻を「HIMARSのおかげ」「ヘルソン陽動のおかげ」「ロシア軍が油断したから」の一言で説明できないことが分かります。

① 春~夏の累積損耗ドンバスでの戦術的勝利と引き換えに、ロシア軍は不足していた人員・装備をさらに消耗していた。
② ハルキウ防衛線の薄さ定員割れの正規部隊、動員兵、国家親衛隊などが広い戦線を担当し、部隊の質と密度に弱点があった。
③ 十分な予備がない突破地点そのものより、「突破された後に誰が穴を塞ぐか」が問題になった。
④ 南部への戦力移動ヘルソンという本物の脅威へ比較的有力なロシア部隊を送り、北東部で使える予備がさらに減った。
⑤ 精密火力と防空HIMARS・砲兵が後方へ圧力を加え、防空部隊も前進してロシア空軍が突破を止めることを難しくした。
⑥ 突破後の高速機動ウクライナ軍は拠点を一つずつ正面攻略せず、軽部隊・機械化部隊で後方へ進み、ロシア側の意思決定より速く状況を変えた。
決定地点では「大国ロシア軍 vs 小国ウクライナ軍」ではなく、薄く守るロシア側に対し、ウクライナ側が戦力を集中して局地的優勢を作った。
霊夢
霊夢

「弱い軍が強い軍を正面から倒した」っていう話じゃないんだ。

はい。国家全体の軍事力で劣っていても、決定地点へ必要な戦力を集中し、相手が最も薄い場所を攻撃できれば、その戦場だけでは力関係を逆転できます。

魔理沙
魔理沙

だからタイトルの「下剋上」も、戦力差を無視した奇跡じゃなくて、局地的に上下をひっくり返したってことだな。

その理解なら、かなり実態に近くなります。

「6,000km²奪還」は何を意味するのか

9月12日、ゼレンスキー大統領は9月初旬以降に約6,000平方kmを奪還したと発表しました。これはウクライナ政府による当時の集計であり、作戦が続いたため後の数字とは範囲・基準が異なります。

重要なのは面積そのものより、奪還地域にクピャンスクとイジュームが含まれていたことです。

前者は北東部の兵站網、後者は春から続いたドンバス北部攻勢の発進拠点でした。二つをほぼ同時に失ったことで、ロシア軍は単に領土を失っただけでなく、春以来の作戦構造そのものを失いました。

まとめ――「兵力が多い方が勝つ」を覆したのではない

ハルキウ大反攻は、兵力や装備の総量が無意味だと証明した戦いではない。むしろ、限られた戦力をどこへ置き、どこへ集中し、突破後にどれだけ速く動かせるかが決定的だった戦いである。

ロシア軍は春から夏にドンバスで前進し、戦術的な勝利を重ねました。しかし、そのために人的戦力と砲兵弾薬を消耗しながら、広い占領地域を守り続けなければなりませんでした。

さらにヘルソンへ有力部隊を移し、ハルキウには十分な予備が残りません。そこへウクライナ軍が戦力を集中し、弱い地点を突破しました。

突破後はバラクリヤで止まらず、クピャンスクという兵站拠点へ急進します。クピャンスクが危険になると、南のイジュームを守り続けること自体が危険になり、ロシア軍は突出部を放棄しました。

霊夢
霊夢

一つの新兵器でも、一つの作戦でもなく、ロシア軍が弱くなった場所に全部が重なったのね。

魔理沙
魔理沙

でもヘルソンでは同じウクライナ軍でも数日じゃ崩せなかった。守ってる部隊が違えば結果も変わるわけだ。

それが次回への重要な違いです。FPRIは、ハルキウとヘルソンで最も大きく違ったものとして、ロシア側守備兵力の質と密度を挙げています。

そしてハルキウでの敗北直後、ロシア政府はさらに大きな決断へ進みました。9月21日の部分動員令です。

なぜロシアは、半年以上避けてきた大規模動員へ踏み切ったのか。そして、ハルキウでは数日で崩れたロシア軍が、なぜヘルソンでは2か月以上持ちこたえたのか。第8回では、部分動員、4州併合、ヘルソン撤退までを追います。

ハルキウ大反攻――主要時系列

7~8月ロシア軍がドンバス戦で損耗する一方、ヘルソン西岸へ比較的有力な部隊を増援。ハルキウ方面の予備が薄くなる。
8月29日ウクライナ軍がヘルソン方面で本格攻勢を開始。本物の攻勢であると同時に、ロシア軍の注意と戦力を南へ引き付ける効果を持つ。
9月6日ウクライナ軍がバラクリヤ方面で攻勢開始。ロシア側の薄い防御正面を突破。
9月7日ISWが少なくとも約20kmの前進を確認。攻撃は局地戦から後方への突破へ発展。
9月8日バラクリヤ奪還。ウクライナ軍は停止せず、東のクピャンスクへ急進。
9月9~10日ウクライナ軍がクピャンスクへ到達。ロシア北東部戦線の鉄道・道路兵站が重大な危機に入る。
9月10日ロシア国防省がバラクリヤ・イジューム方面からの部隊撤収を発表。イジューム突出部を放棄。
9月11~12日ロシア軍がオスキル川方向へ後退。ウクライナ政府は9月初旬以降の奪還面積を約6,000平方kmと発表。
9月中旬以降ウクライナ軍がオスキル川東岸やルハンスク州境方面へ攻勢を継続。ロシア側は新たな防御線の構築を迫られる。

シリーズ記事

使用画像・図版クレジット

  • HIMARS GMLRS発射試験:U.S. Army photo/Wikimedia Commons/Public Domain。2005年1月11日、White Sands Missile Range。
  • バラクリヤ奪還後のウクライナ兵:General Staff of the Ukrainian Armed Forces/Attribution:Mil.gov.ua/Wikimedia CommonsCC BY 4.0。2022年9月8日。
  • 破壊されたロシア側装備:ウクライナ陸軍発表をArmyInformが2022年9月23日に掲載。ページ上でCC等のオープンライセンス表示は確認していない。

参考資料・外部リンク

資料の読み方:ハルキウ反攻では、戦力数・損失数・奪還面積について当事者発表や研究ごとに差がある。本記事は国家全体の兵力比較ではなく、FPRIが示すハルキウ正面の定員割れ、予備不足、部隊構成、ISWの日次戦況、Reutersの現地・当時報道を組み合わせて作戦の因果を整理した。「完全な奇襲」「HIMARSだけで勝利」といった単一原因の説明は採用していない。

※本記事は公開資料を基に、戦争・戦史上の出来事を分かりやすく整理したものです。交戦当事者の発表、外部推定、証言、記事独自の分析を区別し、確認できない事項はその旨を記載しています。

※本記事は「東方Project」の二次創作です。キャラクター原作:上海アリス幻樂団/立ち絵素材:うさ義式(うさ義様)/本記事は各国政府・軍・関連組織および東方Project公式とは関係ありません。

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