ロシア・ウクライナ戦争⑧さらなる敗北と失陥 ― 部分動員令と4州併合

戦争・戦史

ロシア・ウクライナ戦争が始まって七ヶ月、2022年9月。

ウクライナ軍によるハルキウ大反攻は、戦争の流れを大きく変えた。

わずか1週間ほどで約6,000km²以上(その後のウクライナ政府発表では約12,000km²超)の占領地が奪還され、ロシア軍はクピャンスクやイジュームなどの重要拠点から相次いで撤退した。

侵攻開始から半年以上にわたり「世界第2位の軍事大国」として圧倒的な戦力を誇ってきたロシア軍が、大規模な戦線崩壊を経験した瞬間だった。

しかし、この敗北を前にしてロシア政府は撤退や停戦ではなく、戦争そのものを拡大する決断を下した。

約30万人規模の部分動員令

占領地域4州の一方的な併合宣言

そして南部ヘルソンをめぐる新たな攻防。

第8回では、ハルキウ敗北後にロシアが打ち出した一連の政策と、その先に待ち受けていたさらなる失陥までを解説する。


部分動員・4州併合・ヘルソン撤退サマリー

項目 内容
戦争日数 約210~261日目
主な対象期間 2022年9月21日~11月11日
前段階の戦況 ハルキウ大反攻によってロシア軍がクピャンスク、イジュームなどから撤退
ロシア側の対応 部分動員令の発令、占領4州での「住民投票」、一方的な併合宣言
部分動員令 2022年9月21日に発表
動員予定人数 ロシア政府発表で約30万人
動員の目的 前線の兵力不足を補い、占領地域の防衛と長期戦の継続を可能にする
「住民投票」の実施 2022年9月23~27日
併合を宣言した地域 ドネツク州、ルハンスク州、ザポリージャ州、ヘルソン州
併合宣言 2022年9月30日
南部の主戦場 ヘルソン州ドニプロ川西岸、アントニウスキー橋、ノヴァ・カホウカ周辺
ウクライナ軍の主な作戦 橋梁、弾薬庫、司令部、補給拠点への精密攻撃によるロシア軍の孤立化
アントニウスキー橋の役割 ドニプロ川西岸のロシア軍へ弾薬・燃料・食料を送る主要補給路
ヘルソン奪還 2022年11月11日、ウクライナ軍がヘルソン市へ進入
戦略的結果 ロシア軍は侵攻後に占領した唯一の州都を放棄し、ドニプロ川東岸へ防衛線を後退
今回の記事テーマ ハルキウ敗北後のロシアが、動員と併合によって戦争を拡大しながら、なぜヘルソン撤退を余儀なくされたのかを整理する

ハルキウ敗北―ロシアは何を失ったのか

2022年9月6日に始まったハルキウ大反攻は、ロシア軍にとって単なる「一地域の撤退」ではなかった。

短期間で主要補給拠点を失ったことで、ドンバス北部における攻勢計画そのものが崩壊したのである。


ハルキウ反攻の戦果

項目内容
作戦開始2022年9月6日
主な奪還都市バラクリヤ・クピャンスク・イジューム
奪還面積約6,000km²以上(後に約12,000km²超と公表)
奪還集落300以上
ロシア軍ハルキウ州西部からほぼ撤退

特に大きかったのはクピャンスクである。

この都市はロシア本土からドンバス方面へ続く鉄道網の結節点だった。

ロシア軍の

  • 弾薬
  • 燃料
  • 食料
  • 増援部隊

の多くは、このクピャンスクを経由してイジューム方面へ送られていた。

つまり、クピャンスクの失陥は補給線そのものの失陥を意味し、イジュームの失陥は前進基地の失陥を意味する。

ロシア軍は数か月をかけて築き上げた拠点を放棄せざるを得なくなり、ドンバス北部からの包囲作戦は事実上頓挫した。


「局地的敗北」では済まされなかった

ロシア国防省は当初、

「より有利な防衛線への再配置」

と説明した。

しかし実際には、大量の車両や弾薬を残したままの撤退が各地で確認され、国際社会では「戦線崩壊」と評価された。

さらに、SNSには放棄された戦車や装甲車、補給車両の映像が次々と投稿され、ロシア国内でも軍の指揮能力を疑問視する声が強まっていく。

軍事ブロガーの間でも、

「兵力不足」

「情報共有の失敗」

「補給能力の低下」

などが敗因として指摘され始めた。


戦況サマリー

2022年9月6日
  ↓
バラクリヤ突破
  ↓
9月8日
クピャンスク奪還
  ↓
9月10日
イジューム包囲
  ↓
9月11日
ロシア軍撤退
  ↓
ドンバス北部攻勢が事実上終了

ロシア軍は、侵攻開始以来最大級の軍事的敗北を経験した。

そして、この敗北がクレムリンの判断を大きく変えることになる。


30万人の部分動員令

ハルキウ敗北からわずか10日後の2022年9月21日。

ロシアのプーチン大統領はテレビ演説を行い、「部分動員令」を発令した。

これは侵攻開始以来、ロシア政府が初めて大規模な人的資源の投入を正式に決定した瞬間だった。


部分動員令とは何か

ロシア政府は、「軍務経験のある予備役を対象とする限定的な動員」であると説明した。

国防相セルゲイ・ショイグは、約30万人を招集する方針を発表。

この動員令は、ロシア軍の兵力不足を補う狙いがあった一方で、ロシア社会にも大きな衝撃を与えることになる。

項目2022年2月2022年9月以降
侵攻兵力約19万人約30万人を追加動員
動員形態常備軍・契約軍中心予備役・動員兵を含む
作戦目的短期決戦長期消耗戦への転換

ロシア国内に広がった混乱

2022年9月21日に部分動員令が発令されると、戦場だけでなくロシア国内にも大きな衝撃が走った。

それまで政府は、

「特別軍事作戦は志願兵や契約軍だけで遂行されている」

と説明してきた。

しかし今回、一般市民にも召集令状が届き始めたことで、多くの国民が初めて「戦争が自分たちにも及んだ」と実感することになる。

結果、動員令発表後、ロシア各地の空港には国外へ脱出しようとする人々が殺到した。

カザフスタン、ジョージア、フィンランド、モンゴルなどへ向かう国境では長い車列が発生し、一部では数十時間待ちとなる場所もあった。
航空券価格も急騰し、数日以内の国際線はほぼ完売。

欧米メディアなどによれば、動員令後の数週間で数十万人規模が国外へ出国したと推計されている。

また、今回の動員令は予備役の人々が対象であるとされていたが、実際には、

  • 軍歴のない男性
  • 高齢者
  • 健康上の問題を抱える人
  • 学生

などにも召集令状が届いた事例が各地で報告された。

制度そのものが十分に整理されないまま実施されたことがうかがえる。

(モスクワでの反戦団体と警察の衝突。 引用元ウクライナ戦争:ロシア、数百人を逮捕、召集が抗議活動を引き起こす


一方的な「4州併合」

部分動員令とほぼ同じ時期、ロシア政府はもう一つの重大な決断を下した。

それが、ウクライナ東部・南部4州の一方的な併合である。


住民投票の実施

2022年9月23日から27日にかけてロシアが占領していた

  • ドネツク州
  • ルハンスク州
  • ザポリージャ州
  • ヘルソン州

の4地域で、武装した兵士が家庭を訪問し「住民投票」が実施された。

その結果、ロシア政府は、各地域で90%前後がロシア編入に賛成したと発表。

2022年9月30日。

プーチン大統領は演説を行い、投票結果をもって4州をロシア連邦へ編入すると宣言した。

しかし、大きな問題があった

ロシアはこの時点で4州すべてを完全には支配していなかったのだ。

つまり、ロシアは実際には支配していない地域まで「自国領」と宣言したのである。


ロシアが併合を宣言した4州

地域当時の状況
ドネツク州一部占領
ルハンスク州大部分を占領
ザポリージャ州州都は未占領
ヘルソン州州都は占領中だが反攻が進行

「自国領」を守る戦争へ

ロシア政府にとって、この併合宣言には政治的な意味もあった。

それまで

「ウクライナへの特別軍事作戦」

だった戦争を、

「ロシア領土を防衛する戦争」

と位置づけ直そうとしたのである。

これにより、ロシア国内では戦争継続を正当化しやすくなり、部分動員令とも結び付けられた。

しかし、現実の戦場ではウクライナ軍の反攻は止まっていなかった。

特に南部ヘルソン州では、ロシア軍が深刻な問題を抱え始めていたのである。


ヘルソン反攻とHIMARS

2022年春。

ロシア軍は侵攻開始からわずか1週間ほどでヘルソン市を占領した。

同市は侵攻後にロシア軍が制圧した唯一の州都だった。

さらにヘルソン州はドニプロ川河口に位置し、クリミア半島へ続く重要な交通路を押さえている。

ここを保持すれば、

  • クリミアへの陸上回廊
  • 南部戦線の補給
  • ミコライウ・オデーサ方面への圧力

を維持できる。

そのため、ロシアにとってヘルソンは絶対に失いたくない地域だった。


ヘルソン州の戦略的重要性

項目内容
州都ヘルソン
占領時期2022年3月初旬
ドニプロ川天然の防衛線
クリミア陸上回廊を維持
軍事的価値南部戦線の最重要拠点

しかし、ウクライナ軍もこの重要性を理解していた。

正面から大軍をぶつけるのではなく、

橋を破壊し補給線を断つという方法で、ロシア軍を追い詰めていく。

その中心で活躍した兵器こそ、第7回でも登場したHIMARSだった。

ドニプロ川が「逃げ道」と「罠」になった

ハルキウ方面で歴史的な敗北を喫した頃、南部ヘルソン州でもロシア軍は深刻な問題を抱えていた。

その原因は、第7回でも登場したHIMARSだった。

ウクライナ軍は2022年7月頃から、ヘルソン市へ補給を送るための橋を集中的に攻撃していた。特に重要だったのが、ドニプロ川に架かるアントニウスキー橋である。

この橋はロシア軍にとって生命線だった。川の西岸に展開する20,000人規模の部隊へ、弾薬や燃料、食料を送り続けるためには、この橋を利用するしかなかったのである。

HIMARSによる精密攻撃は橋そのものを完全に破壊することよりも、「大型車両が安全に通行できない状態」を作り出すことを目的としていた。その結果、ロシア軍は補給能力を急速に失っていく。

フェリーや仮設橋による輸送も試みられたが、輸送量は大きく低下した。戦車や自走砲を十分に維持できず、砲弾や燃料も不足し始める。

つまり、ドニプロ川はロシア軍を守る天然の防壁であると同時に、一度補給線を断たれると「逃げ場の少ない袋小路」にもなってしまったのである。

(2022年7月、ウクライナ東部のHIMARS。 引用元ウクライナは、ロシアがHIMARSシステムの妨害を加速させる中、困難に直面している |baotintuc.vn


ロシア軍、ヘルソンからの撤退

2022年11月9日。

ロシア軍総司令官セルゲイ・スロヴィキンは、テレビ会議でドニプロ川西岸からの撤退を提案した。

その理由は明確だった。

補給線が維持できない以上、西岸に部隊を残し続ければ孤立し、大規模な包囲戦になる危険が高かったのである。

ロシアのショイグ国防相はこの提案を承認し、西岸から東岸への撤退命令が正式に出された。

この決定はロシア国内でも大きな衝撃を与えた。

わずか1か月前、ロシア政府はヘルソン州を「ロシア連邦の領土」と宣言したばかりだった。その州都を自ら放棄することになったからである。

軍事的・政治的に極めて大きな敗北だった。

ロシアのソーシャルメディアでは、多くの兵士が脱出を試みてパニック状態にある様子が映し出された。
一部のロシア兵はドニプロ川を泳いで渡ろうとして溺死した。


2022年11月11日 ヘルソン解放

(ヘルソン州に進軍するウクライナ戦車部隊。 引用元Kherson Counteroffensive Tanks (Cropped) – ヘルソン解放 – ウィキペディア

撤退開始から2日後の11月11日。

ウクライナ軍はヘルソン市へ進入した。

市内では多くの住民が青と黄色の国旗を掲げ、兵士たちを歓迎した。

ヘルソンは、侵攻開始後にロシア軍が占領した唯一の州都であり、その奪還は軍事面だけでなく心理面でも非常に大きな意味を持っていた。

ウクライナ軍は正面から市街地へ突撃したわけではない。

数か月にわたり橋を攻撃し、補給線を断ち、ロシア軍が維持できなくなったタイミングで都市を取り戻したのである。

この作戦は、ハルキウ反攻と同様に「兵站を制する者が戦場を制する」という現代戦の特徴を示す代表例となった。

(ゼレンスキー大統領が解放されたヘルソンのウクライナ国旗再掲揚に参加した。 引用元:By President Of Ukraine from Україна – Volodymyr Zelenskyy took part in hoisting the State Flag of Ukraine in liberated Kherson., CC0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=125519455)


まとめ

2022年秋は、この戦争における大きな転換点となった。

9月にはハルキウ大反攻によってロシア軍の東部戦線が崩れ、ロシア政府は約30万人規模の部分動員令を発令した。さらに占領地域4州の一方的な併合を宣言し、戦争を「ロシア領土の防衛」と位置づけようとした。

しかし、そのわずか1か月後には、唯一占領していた州都ヘルソンからも撤退を余儀なくされる。

ハルキウとヘルソンでの敗北は、「圧倒的な兵力だけでは勝利できない」ことを世界へ示した。ウクライナ軍は、西側諸国の軍事支援、高精度兵器、情報共有、そして巧みな作戦を組み合わせることで、ロシア軍の弱点を突き続けたのである。

一方、ロシアは部分動員によって兵力を補充し、戦争を短期決戦から長期消耗戦へと移行させた。

その新たな舞台となったのが、バフムートだった。

次回予告

激しい市街戦、民間軍事会社ワグネルの台頭、そして「肉挽き機」と呼ばれる消耗戦。次回の第9回では、戦争最大級の消耗戦となったバフムート攻防戦を詳しく解説していく。

参考資料・外部リンク

部分動員とロシア国内の動き

4州の「住民投票」と一方的な併合宣言

ヘルソン反攻・戦況分析

ウクライナ政府によるヘルソン奪還の発表

HIMARS・補給路への精密攻撃

NATO・国際社会の評価

画像・地理資料

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