
前回の最後に見た配置図、本当に全部の方向から動き出したの?

北のベラルーシ、東のロシア、南のクリミア。ドンバスだけの作戦には見えないな。
2022年2月24日早朝。プーチン大統領が「特別軍事作戦」と呼んだ攻撃が始まり、前回まで地図上の「集結部隊」だったロシア軍は実際の侵攻部隊へ変わりました。ミサイルと航空攻撃が始まり、地上軍は複数の国境を越えます。

でも、広い国を何方向からも攻めたら、むしろ兵力が薄くならない?

逆に、相手を全部の戦線へ縛り付ければ、キーウだけ局地的に優勢を作れるかもしれないぜ。
その見方には重要な部分があります。RUSIが後にまとめたロシア軍の作戦資料では、ドンバスでウクライナ軍主力を拘束しつつ、北部を主攻としてキーウを早期に包囲・制圧する構想が示されています。

じゃあ今回は、「初日のうちにキーウを取れたか」だけを見ればいい?
そこまで単純ではありません。南部ではロシア軍が速く前進し、初動のミサイル攻撃もウクライナ軍を混乱させました。開戦初日は「成功か失敗か」ではなく、短期決戦に必要な連鎖がどこまでつながったかを見る必要があります。
前回までのあらすじ
第2回では、2021年からのロシア軍集結と外交交渉を並行して追いました。ロシアはNATO不拡大などの安全保障保証を求めましたが核心部分で合意できず、その間も軍事態勢を拡大。2月21日にはドネツク・ルハンスク両「人民共和国」の「独立」を承認し、ミンスク合意を基礎とした枠組みも事実上崩れました。
開戦初日サマリー
| 対象 | 2022年2月24日の開戦初日 |
|---|---|
| ロシア軍の初動 | 長距離攻撃、電子戦、北・北東・東・南からの地上侵攻、ホストメリへの空挺強襲 |
| 最大の焦点 | キーウへ短時間で圧力を加えるための北部作戦 |
| 24日夜の状態 | ロシア軍は複数方面で前進したが、防空・政府・軍指揮系統は崩壊せず、短期決戦は未完成 |
午前5時ごろ――「特別軍事作戦」が始まる
キーウ時間の午前5時ごろ、プーチン大統領の演説が放送されました。ロシア側は軍事行動を「特別軍事作戦」と呼び、目的としてウクライナの「非軍事化」「非ナチ化」などを掲げました。
演説ではNATO拡大やロシアの安全保障にも長く言及し、外国が介入した場合には重大な結果を招くと警告しています。これはロシア政府が当時示した開戦理由であり、その正当性とは分けて扱う必要があります。

言葉ではドンバス保護も出てくる。でも実際の攻撃範囲は全国だな。
その直後、キーウ、ハルキウ、ドニプロ、オデーサ周辺など各地で爆発が報告されます。攻撃はドンバスに限定されず、ウクライナ全土の軍事能力を同時に弱める規模でした。

市民からしたら、朝起きた瞬間に国中が戦場になったようなものね。
空襲警報が鳴り、住民は地下鉄駅や地下施設へ避難しました。道路ではキーウなど大都市から西へ逃れようとする車列も生まれます。一方、ウクライナ政府は戒厳令を発動し、軍は各方面で戦闘態勢へ移りました。
最初の一撃――何を壊せば「速い戦争」になるのか
ロシア軍の最初の大規模攻撃は、巡航・弾道ミサイル、航空攻撃、電子妨害などを組み合わせたものでした。標的には防空施設、飛行場、指揮通信施設、弾薬庫、部隊集結地などが含まれます。
を抑える
を混乱させる
の前進を通す
短時間で圧力

つまり地上軍より先に、空を危険じゃなくしておきたいわけだ。
その通りです。ただし「完全に危険ではなくする」ことには失敗しました。ウクライナ軍は侵攻直前に航空機や防空システムの一部を分散させており、初撃を生き残った装備がありました。
RUSIの後年の分析では、最初の48時間で固定式防空施設の多くが攻撃対象になった一方、移動式防空施設への攻撃割合は低く、ウクライナ防空網の相当部分が残りました。初日は大きく混乱しましたが、消滅はしなかったのです。

攻撃されたのに生き残った、じゃなくて「動かしていたから当たらなかった」ものもあるのね。
はい。ここは重要です。ロシア軍の初撃そのものは強力でしたが、攻撃リストが古い位置情報へ依存した例もありました。生き残った防空部隊は、統一的な防空網としては混乱しながらも、局地的な迎撃を続けます。
地上軍も動く――北・北東・東・南の四正面
長距離攻撃とほぼ同時に、ロシア地上軍は複数方面から侵入しました。侵攻直前、米国防総省はウクライナ周辺のロシア軍を15万人超と説明していましたが、どの部隊を数えるかで推計は変わります。

北部――キーウへの主攻
ベラルーシからチェルノブイリ方面を通り、キーウ西側へ南下。RUSIの分析では、首都包囲・占領を狙う主攻だったとされる。
北東部――チェルニヒウ・スームィ・ハルキウ
ロシア領から西・南西へ進撃。首都東側への圧力と、ウクライナ軍を複数方面へ拘束する役割を持った。
東部――2014年からの前線
ドネツク・ルハンスクでは既存の戦線を基盤に攻勢。ここにはウクライナ軍の主力部隊の大きな割合が配置されていた。
南部――クリミアから突破
ヘルソン・メリトポリ方面へ北上。開戦初期のロシア軍で最も速く前進した方面の一つとなった。

ドンバスで主力を縛って、北では薄い守備を突く。そこまではかなり狙い通りだな。
少なくとも作戦レベルでは、ロシア軍は奇襲性を確保し、北部で有利な兵力比を作ることに成功しました。ウクライナ側も侵攻直前までドンバスを主攻と考える傾向があり、北部の配置は十分ではありませんでした。

じゃあ本当に、キーウはすぐ危ない状態だったの?
はい。少なくとも「最初からロシア軍が何も進めなかった」という状況ではありません。北部ではチェルノブイリ方面から急速に南下し、南部でもクリミアから大きく前進しました。

でも地上軍だけなら、ベラルーシからキーウまで距離がある。もっと速い手段が欲しいな。
そこで重要になるのが、キーウ北西にあるホストメリ空港(アントノフ空港)でした。
ホストメリ――一つの空港が短期決戦の速度を左右する
ホストメリ空港はキーウ中心部から約25キロ北西に位置します。大型輸送機を運用できる長い滑走路を備え、アントノフ社の拠点として知られていました。


ムリーヤの基地だから有名なのは分かるけど、戦争では何がそんなに重要なの?

空港を取って輸送機を降ろせれば、地上軍を待たずに首都近くへ兵力を増やせる。
そこが核心です。CNASや米陸軍系の分析では、ロシア軍は空挺部隊で空港を確保し、その後に輸送機で追加の空挺部隊や装備を送り込み、キーウ攻略のための「空の橋」を作ろうとしたと評価されています。
地上軍の到着を待たず、キーウ近郊へ兵力を送り込む。
後続の大型輸送機が安全に着陸できる状態を作る。
小規模な空挺部隊を、首都を脅かせる規模へ拡大する。
キーウへの圧力を一気に強め、政府中枢へ短期間で迫る。
午前――ヘリ部隊がキーウ近郊へ飛び込む
午前、Mi-8輸送ヘリやKa-52攻撃ヘリなどからなるロシア軍部隊が低高度で進入し、ホストメリ空港へ空挺部隊を送り込みました。

低空で一気に入ればレーダーには捕まりにくい。でも携帯式対空ミサイルには近づくな。
実際、RUSIは最初の波でヘリ2機が携帯式防空兵器に撃墜されたとしています。それでも空挺部隊は空港へ到達し、守備隊との戦闘に入りました。

エリート部隊を直接送り込めたなら、もうロシア側が勝ったようにも見えるけど。
まだです。空挺部隊は軽装備で、周囲から切り離されれば長時間の戦闘には不利です。空港を「取る」だけでなく、ウクライナ軍の反撃を抑え、輸送機が着陸できる時間を作る必要がありました。
午後――ウクライナ軍が空港を取り返す
ウクライナ側は国家親衛隊だけで戦い続けたわけではありません。午後には砲兵、航空戦力、機動部隊などを投入した反撃が行われました。

防空を叩いたのに、ウクライナ機まで反撃に来た。初撃の見積もりが外れてるな。
その点が初日の重要なずれです。ロシア軍はウクライナ防空・航空戦力へ大きな打撃を与えましたが、完全に沈黙させられませんでした。ホストメリの空挺部隊は砲撃と反撃を受け、RUSIによれば初日のうちに空港から排除されます。
ロシア軍は翌25日、北から進んだ地上部隊とともに再び空港を確保します。しかし、初日に狙った「空港を即時に空輸拠点化し、キーウ近郊へ大量増援を送り込む」という速度は失われました。

空港そのものは後で取れた。でも「初日に使う」という意味では間に合わなかったのね。
そうです。ここでは「占領できたか」だけを見ると評価を誤ります。ホストメリ作戦の価値は、時間を短縮するための空港だったからです。
24日夜――ロシア軍はどこまで達成したのか
開戦初日を「ロシア軍の全面的失敗」と表現するのは正確ではありません。初動攻撃はウクライナ軍を大きく混乱させ、北部では奇襲を成立させ、南部でも速い前進を実現しました。
一方で、短期決戦に必要な条件はそろいませんでした。防空網、政府機能、軍指揮系統が残り、ホストメリの空輸拠点化も初日には実現しません。
| 開戦初日の課題 | 24日夜までの状況 | 判定 |
|---|---|---|
| 全国規模の長距離攻撃を開始 | 防空・飛行場・指揮施設などへ大規模攻撃を実施 | 実施 |
| ウクライナ防空・航空戦力の無力化 | 大きく混乱させたが、移動式防空や航空機が生存 | 一部達成 |
| 北・北東・東・南から地上侵攻 | 各正面で前進。北部と南部で特に大きく進む | 実施 |
| ホストメリを即時の空輸拠点にする | 空挺部隊は到達したが、初日の反撃で安定運用できず | 未達 |
| ウクライナ政府・軍指揮系統を崩壊させる | 政府はキーウで活動を継続し、軍も組織的抵抗を続けた | 未達 |

戦場では前進してる。でも「前進した先で何を起こすか」が予定より遅れてるんだな。
その整理が適切です。ロシア軍は作戦上の主導権を握っていました。しかし、速度そのものを戦略効果へ変えるには、ウクライナ側の抵抗意思と国家機能を短時間で崩す必要がありました。

その「国家機能が残っている」って、一般の人にも分かる出来事はあった?
それを象徴する映像が、翌25日夜に公開されます。
翌25日夜――「私たちはここにいる」
ここだけ時間を翌日に進めます。理由は、この短い映像が開戦初日の政治的結果を非常に分かりやすく示しているからです。


たった一日後なのに、「政府はまだ首都にいる」こと自体がニュースになったのね。
そうです。映像で重要なのは英雄物語を作ることではありません。ロシア軍が短期決戦で必要としていたウクライナ政府の機能停止が起きていないことを、世界に可視化した点です。

ただ、ロシア軍はキーウ近郊まで来ている。これで勝敗が決まったわけじゃないぜ。
その通りです。2月25日時点でロシア軍の脅威は極めて深刻でした。ホストメリも再確保され、北部地上軍はキーウへ接近しています。初日の遅れが、そのままロシア軍の敗北を意味したわけではありません。
まとめ――開戦初日にロシア軍が失った「時間」
しかし、ロシアの初期構想は速度への依存が大きいものでした。防空・航空戦力を十分に抑え、ホストメリへ増援を空輸し、地上軍と結び、政府中枢を短時間で追い込む。その連鎖が完成すれば、ウクライナの全面動員や西側の対応より先に決着を狙えます。
実際には、ウクライナ防空と航空戦力の一部が生き残り、ホストメリでは反撃が成立し、政府と軍指揮系統も残りました。ロシア軍は領土を獲得しながら、短期決戦に必要だった時間を失い始めたのです。

「どこまで進んだか」だけじゃ、初日の意味は分からないのね。

でも首都はまだ射程内だ。ロシア軍には、遅れを地上戦で取り戻す余地が残ってる。
そこからが第4回です。ロシア軍はキーウ北西部へ地上部隊を集中させ、首都包囲を狙います。ところが、補給、地形、市街地、ウクライナ軍の反撃が、初日とは別の問題として表面化していきます。
次回は2月25日から4月初旬までのキーウ攻防戦を追い、「短期決戦の遅れ」がどのように首都攻略そのものの失敗へ変わったのかを確認します。
開戦初日――時系列
シリーズ記事
使用画像・図版クレジット
- 2022年2月24日の部隊配置図:Rr016/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0
- An-225「ムリーヤ」:Myroslav Kaplun/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0
- ゼレンスキー大統領・政府高官:BBC News動画より/BBC News
参考資料・外部リンク
- President of Russia:Address by the President of the Russian Federation(2022年2月24日)
- RUSI:Preliminary Lessons in Conventional Warfighting from Russia’s Invasion of Ukraine: February–July 2022
- RUSI:The Russian Air War and Ukrainian Requirements for Air Defence
- CNAS:The Battle of Hostomel Airport: A Key Moment in Russia’s Defeat in Kyiv
- Army University Press:Adapt, Lead, Win: NCO Lessons from Ukraine
- BBC News:「私たちはここにいる、独立を守る」
- Wikimedia Commons:2022 Russian Invasion of Ukraine Force Dispositions
※本記事は公開資料を基に、戦争・戦史上の出来事を分かりやすく整理したものです。交戦当事者の発表、外部推定、証言、記事独自の分析を区別し、確認できない事項はその旨を記載しています。戦況・損害・支配地域等の情報は、記事記載の基準日時点のものです。
※本記事は「東方Project」の二次創作です。キャラクター原作:上海アリス幻樂団/立ち絵素材:うさ義式(うさ義様)/本記事は各国政府・軍・関連組織および東方Project公式とは関係ありません。


コメント