ロシア・ウクライナ戦争⑤ マリウポリ包囲――無援の籠城戦(前編)

戦争・戦史

はじめに

「ロシア・ウクライナ戦争 マリウポリの戦い」を解説する。

その前に、マリウポリという都市をご存じだろうか。

日本ではあまり馴染みのない都市名かもしれない。

人口約43万人を抱えるマリウポリは、アゾフ海に面した工業都市であり、ウクライナ有数の製鉄業と港湾物流を支える重要拠点だった。

しかし、2022年2月24日にロシア軍が全面侵攻を開始すると、その運命は大きく変わる。

市街地は数か月にわたり激しい戦場となり、多くの住宅や病院、学校、インフラが破壊された。住民は電気・ガス・水道・通信を失い、地下室で生活を続けながら避難の機会を待つこととなる。

最終的に、防衛を続けていたウクライナ軍は製鉄所へと集結し、およそ83日間に及ぶ籠城戦を展開した。

マリウポリ包囲戦は、単なる一都市の戦いではない。

ロシア軍の戦略、ウクライナ軍の抵抗、そして民間人が直面した人道危機が凝縮された戦場であり、この戦争全体を理解するうえで欠かせない出来事である。

本記事では、まずマリウポリという都市の重要性を整理したうえで、包囲戦がどのように始まったのかを時系列で解説する。

(マリウポリのアパート群が密集した都市景観。工業施設からの煙が見える。 引用元Ukraine, Donetska, Mariupol WMID4173634 – カテゴリ:マリウポリ – ウィキメディア・コモンズ)


マリウポリ包囲戦 前編サマリー

項目 内容
戦争日数 1日目~約2週間
対象期間 2022年2月24日~3月上旬
主戦場 ウクライナ南東部ドネツク州・マリウポリ市とその周辺
侵攻前人口 約43万人
都市面積 約166平方キロメートル
主要産業 製鉄業、港湾物流、機械工業
主な重要施設 アゾフスタリ製鉄所、イリイチ製鉄所、マリウポリ港
ロシア軍の進撃方向 クリミア半島方面からの東進と、ドネツク方面からの西進
ロシア軍の目的 都市を包囲し、ロシア本土・ドンバス・クリミアを結ぶ陸上回廊を形成する
ウクライナ側の主力 第36独立海兵旅団、アゾフ連隊、国家親衛隊、警察部隊、領土防衛部隊など
この時点の戦況 ロシア軍が都市の孤立化を進める一方、ウクライナ軍は市街地で防御態勢を構築
今回の記事テーマ マリウポリがなぜ攻撃目標となり、どのように外部から切り離されていったのかを整理する


マリウポリとはどんな都市だったのか

(2022年2月24日。赤枠がロシア支配領域。赤丸がマリウポリの位置。ドンバス地方の港湾都市で、ロシアの2つの占領地の中間地点に位置している。 引用元:ウクライナの地方行政区画 – Wikipedia)

マリウポリは、ウクライナ南東部・ドネツク州に位置する港湾都市である。

アゾフ海に面しており、古くから鉄鋼業と海運業によって発展してきた。

ソ連時代には重工業都市として整備され、ウクライナ独立後も国内有数の製鉄拠点として重要な役割を担っていた。

市内には世界的にも規模の大きいアゾフスタリ製鉄所イリイチ製鉄所が立地しており、鉄鋼製品はヨーロッパや中東へ輸出されていた。

また、港は穀物・石炭・鉄鋼製品などを積み出す物流拠点でもあり、ウクライナ経済にとって欠かせない存在だった。

また、マリウポリは軍事的にも極めて重要な都市だった。

2014年、ロシアがクリミア半島を一方的に併合したことで、クリミアとロシア本土は海路に依存する状態となった。

その間に位置していたのがマリウポリである。

もしロシアがこの都市を制圧できれば、

  • ロシア本土
  • ドンバス地域
  • クリミア半島

を陸路で結ぶ「陸上回廊(ランドブリッジ)」を形成できる。

これは兵員や燃料、弾薬、物資を鉄道や道路で安定して輸送できることを意味し、黒海・アゾフ海沿岸の支配を強化するうえでも大きな意味を持っていた。

一方、ウクライナにとってもマリウポリは最後の大型港湾の一つであり、この都市を失えば南東部での戦略的な選択肢が大きく狭まる。

つまり、マリウポリは双方にとって「絶対に失いたくない都市」だったのである。

製鉄所の画像。ロシア・ウクライナ戦争序盤における激戦地。立てこもるウクライナ兵とロシア軍との間で激しい戦闘が発生した。

(アゾフスタリ製鉄所の画像 引用元:By Chad Nagle – Azovstal, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=123265561)


マリウポリの基本データ(侵攻前)

項目 内容
所在地 ウクライナ・ドネツク州
人口 約43万人
面積 約166km²
主要産業 製鉄、港湾物流、機械工業
代表的施設 アゾフスタリ製鉄所、イリイチ製鉄所
戦略的重要性 クリミアとドンバスを結ぶ陸上回廊の要衝

ロシア軍は全面侵攻以前から、この都市を重要な攻撃目標の一つとして位置付けていた。

マリウポリを押さえれば、ロシア軍は南部戦線全体を有利に進めることができる。

逆に、この都市が持ちこたえる限り、ロシア軍はドンバス方面とクリミア方面の部隊を効率よく連携させることが難しくなる。

そのため、侵攻開始直後からマリウポリは激しい攻撃の対象となった。

戦争は、静かにこの港町へ迫っていたのである。


包囲開始――南北から迫るロシア軍

2022年2月24日午前5時頃。

ロシア軍はウクライナ全土への全面侵攻を開始した。

マリウポリでは、開戦初日から空襲警報が鳴り響き、市民は地下室や地下鉄施設への避難を始める。

しかし、この時点ではまだ、多くの市民は「数日で終わるだろう」と考えていた。
それは2014年以降、ドンバス地域で断続的な戦闘を経験してきた住民にとって、今回も限定的な軍事衝突になるという希望的観測でもあった。

現実は、その予想をはるかに超えていた。

ロシア軍は二方向からマリウポリを包囲しようとしていたのである。

一つはクリミア半島方面

2014年以降、ロシアが実効支配していたクリミアには、多数の機械化部隊が集結していた。

侵攻開始と同時に北上した部隊はヘルソン州を突破し、そのまま東へ進撃してマリウポリを目指した。

もう一つはドネツク州東部である。

ここでは2014年から戦闘を続けてきた親ロシア派武装勢力(ドネツク人民共和国)が、ロシア軍の支援を受けながら西へ前進した。

ロシア軍にとって、この二方向から挟撃する作戦には明確な狙いがあった。

マリウポリを孤立させ、補給路を断つことで、市街地戦を有利に進めることである。

市街戦では、防衛側へ継続的に兵員や弾薬が補給される限り、短期間で攻略することは難しい。

そのためロシア軍は、まず都市を完全に包囲し、「援軍も補給も来ない状況」を作ろうとした。

一方、ウクライナ軍もその意図を理解していた。

市内では第36独立海兵旅団や国家親衛隊、警察部隊、さらにアゾフ連隊などが防衛陣地を急速に整備していく。

道路には対戦車障害物が設置され、橋梁や交差点には検問所が設けられた。

住民ボランティアも土嚢を積み上げ、バリケードを築き、防衛活動へ参加する。

戦争は、もはや軍隊だけのものではなくなっていた。

(引用元:ウクライナの地方行政区画 – Wikipedia)


ロシア軍の主な進撃方向


3月初旬になると、市内へ通じる主要道路は次々と遮断され始めた。

物流は急速に滞り、食料や医薬品の供給は日に日に減少していく。

そして、砲撃と空爆も激しさを増していった。

まだ完全包囲には至っていなかったものの、マリウポリは少しずつ「孤立した都市」へと変わり始めていたのである。

この時点では、誰もが「数週間後には都市全体が瓦礫の山になる」とは想像していなかった。

しかし、その悲劇は、すでに始まっていた。

ライフライン崩壊――静かに孤立する都市

2022年3月に入ると、マリウポリは急速に外部とのつながりを失っていった。

市内へ続く主要道路は砲撃によって寸断され、物流車両はほとんど到達できなくなる。鉄道輸送も停止し、港湾機能も失われた。

都市は完全に孤立し始めたのである。

さらに深刻だったのは、ライフラインの崩壊だった。

送電設備への被害により広範囲で停電が発生し、浄水施設やポンプ場も停止した。暖房設備やガス供給にも影響が及び、通信環境も急速に悪化した。

住民は水を得るために雪を溶かし、井戸や雨水を利用する生活を余儀なくされたという証言も残されている。

携帯電話がつながらなくなると、家族の安否確認すら困難となった。

冷蔵庫は止まり、食料は日を追うごとに傷んでいく。

スーパーの商品棚は空になり、現金を持っていても買う物がない状態となった。

戦争は、兵士だけではなく、市民の日常そのものを破壊していったのである。


ライフラインの状況(2022年3月上旬)

項目 状況
電力 広範囲で停電
水道 送水停止・給水困難
ガス 供給停止地域が拡大
通信 携帯・インターネット障害
物流 主要道路の寸断により停止

ロシア軍は包囲を維持しながら、市街地への圧力を徐々に強めていった。

一方、ウクライナ軍は道路、交差点、高層建築物などを利用し、防御陣地を構築する。

近代都市での戦闘では、戦車や装甲車だけでは優位を確保しにくい。

建物一棟ごと、部屋一室ごとの攻防となり、戦線は数百メートル単位でしか動かなくなった。

こうした市街地戦では、防衛側が有利とされる。

ロシア軍も短期間で制圧できない状況に直面し、砲兵や航空戦力による攻撃を強めていく。

その結果、住宅地や公共施設にも甚大な被害が生じた。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、侵攻初期から多数の民間人死傷者が確認されていると報告している。一方で、個々の攻撃については戦闘下で情報が錯綜していたものもあり、詳細な検証や責任の認定はその後の国際調査の対象となっている。

(マリウポリにある製鉄所の砲撃画像。 引用元:許可対象写真:マリウポリのアゾフスタール製鉄所複合施設での砲撃を空撮した写真 |ロイター・コネクト)


都市そのものが戦場となる

(破壊されたマリウポリの通りの画像 引用元:Mvs.gov.ua, CC 表示 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=116358513による)

マリウポリの戦いが他の都市と大きく異なった点は、「前線」が存在しなくなったことである。

公園も学校も病院も工場も、すべてが戦場となった。

ある地区では住民が避難している地下室の数百メートル先で戦闘が行われ、別の地区では建物を挟んで双方の部隊が対峙した。

一つの道路を巡って数日間にわたり攻防が続くことも珍しくなかった。

戦闘は昼夜を問わず続き、市民は砲撃の合間を縫って水や食料を探した。

こうした状況の中でも、医療従事者や消防隊、ボランティアは活動を続け、多くの住民の避難や救護にあたった。しかし、物資不足と安全確保の難しさから、その活動にも大きな制約が生じていた。

マリウポリはもはや「都市」ではなく、戦争そのものを象徴する場所となりつつあった。

次回予告

次回は切迫したマリウポリの攻防戦、および製鉄所での籠城戦を今記事に引き続き解説する。

参考資料・外部リンク

マリウポリ包囲戦・戦況分析

人道状況・ライフラインの崩壊

民間人被害・人権状況

避難・人道回廊

国際社会・安全保障

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