
キーウでは包囲できなかったのに、マリウポリは完全に囲まれたのよね?

都市の規模だけならキーウより小さい。攻撃側には楽だった、と考えたくなるな。
都市が小さいことは一因ですが、それだけではありません。マリウポリでは、地理・南部戦線の突破・補給路の少なさが重なり、ロシア軍と親ロシア派部隊は都市を外部から切り離すことに成功しました。

包囲されたら、兵士だけじゃなく住民も出られなくなるわよね。
はい。ここがキーウ攻防戦との大きな違いです。包囲は軍事的に守備隊の補給を断つだけではありません。都市の水、電気、医療、食料、避難路まで同時に危機へ追い込みます。

じゃあ今回は、戦線だけでなく「都市が生きられるか」も同じ時系列で見るべきだな。
その視点で進めます。前編では2月24日から3月末までを追い、なぜ包囲が成立し、その包囲が市街戦と人道危機へどう変わったのかを確認します。
前回までのあらすじ
第4回では、ロシア軍がキーウを包囲・制圧しようとしたものの、補給・指揮・地形上の制約とウクライナ軍の砲兵火力・反撃によって失敗し、4月初旬に北部から撤退するまでを追いました。
一方、同じ時期の南部では状況が逆方向へ進んでいました。クリミアから東へ伸びたロシア軍は、ドンバス側から進む部隊との間に残るマリウポリへ迫っていました。
マリウポリ包囲戦・前編サマリー
| 対象期間 | 2022年2月24日~3月末 |
|---|---|
| 都市 | ドネツク州南部・アゾフ海沿岸の港湾・工業都市 |
| 攻撃側 | ロシア軍とロシア支援下のドネツク側部隊 |
| 主な守備側 | 第36独立海兵旅団、国家親衛隊アゾフ連隊、国境警備・警察・領土防衛部隊など |
| 最大の転換 | 3月2日前後に外部補給がほぼ断たれ、包囲戦へ移行 |
| 3月末の状態 | ロシア側が市街地へ深く進出し、守備側の戦闘地域が圧縮され始める |
戦争前のマリウポリ――なぜこの港町が重要なのか

マリウポリはアゾフ海に面したドネツク州の港湾都市です。全面侵攻前の人口はおよそ43万人。製鉄、機械工業、港湾物流を支える南東部有数の工業都市でした。

工業都市だから狙われた、でいいの?
経済価値だけでは足りません。軍事地図を見ると、この都市がロシア側にとって別の意味を持っていたことが分かります。

マリウポリ周辺を押さえれば、ロシア本土・占領下ドンバス・クリミアを道路と鉄道でつなぐ南部回廊を形成しやすくなる。
アゾフ海の港と大規模製鉄所を失わせれば、ウクライナ側の物流・工業基盤を削ることができる。
都市が残る限り、クリミアから東進した部隊とドンバス側の部隊の間にウクライナ側の防御拠点が残る。

都市一つを取るというより、南部の戦線を一本につなぐ意味が大きいわけだ。
そうです。Human Rights Watchも、マリウポリ西側までロシア側が支配すれば、クリミアとドンバスを結ぶ陸上回廊を確保できることを戦略的重要性として挙げています。
アゾフスタリは、この時点では「最後の要塞」ではない

後世の映像ではアゾフスタリ製鉄所がマリウポリ戦の象徴になりました。ただし2月24日時点で、守備隊が最初から全員ここへ籠城していたわけではありません。
守備側は市内各地区、港、工業地帯、道路網を使って防御していました。アゾフスタリが「最後の拠点」になるのは、市街地が削られ、守備地域が分断・圧縮された後です。

最初から製鉄所だけの戦いだったように覚えてた。
ニュース映像の印象ではそうなりやすいですね。前編では、その製鉄所へ戦場が収束するまでの都市全体の戦いを見ます。
2月24日~3月2日――東西から包囲網が閉じる
侵攻初日、ロシア軍とドネツク側部隊はマリウポリ周辺へ攻撃を開始しました。東側では2014年から続くドンバス前線があり、西側ではクリミアから北上したロシア軍がヘルソン、メリトポリ、ベルジャンシク方面へ急速に進みました。

キーウと違って、片側だけの突出じゃない。西から来る部隊が東側とつながれば閉じるな。
その通りです。さらに南はアゾフ海です。都市へ大量の補給を届ける陸路は北・西側へ限られ、南部戦線でロシア軍が深く前進すると逃げ道が急速に少なくなりました。
ベルジャンシクを経て東進
主要道路・鉄道が集中
ロシア・親露部隊が西進
Human Rights Watchは、3月2日以降、マリウポリの住民が水道・電力・暖房を失い、ロシア軍による包囲下に置かれたと報告しています。

たった一週間で、都市の外へ普通に出られなくなったの?
はい。ここから戦闘の意味が変わります。攻撃側は正面から市街地を一気に奪う必要がなくなります。外からの補給を断ったまま、砲撃と地上攻撃で防御を削る選択が取れるからです。
包囲は何を奪うのか――軍の補給と市民生活は切り離せない
外部接続を遮断
医薬品が届きにくい
通信も損傷・停止
守備側も長期消耗
3月初旬、電気・水道・暖房が止まり、通信も不安定になりました。Human Rights Watchは3月7日時点で、20万人を超える住民が人道支援を受けられず、深刻な水不足に直面していると警告しています。

守備隊の弾薬と住民の飲み水が、同じ道路問題に左右されるのか。
そうです。軍事上は「補給線を断った」と一言で書けますが、その道路は平時には救急車、食料トラック、家族の避難にも使われます。
住民は地下室や防空壕へ移り、水を求めて雪を溶かしたり、屋外で火を起こして食事を作ったりしました。携帯電話が使えなければ、安全な避難経路が設定されても情報そのものが届きません。

「包囲成功」って地図だけで見ると、住民側の意味が全然見えないね。
包囲戦では、まさにそこを分けずに見る必要があります。
避難路はなぜ機能しなかったのか
3月上旬から、人道回廊や一時停戦を使って住民を避難させる試みが繰り返されました。しかし最初の複数回の試みは、戦闘継続や安全確認の失敗で十分に機能しませんでした。

停戦を決めたなら、その時間だけ撃たなければ出られるんじゃないの?

前線が何本もあるなら、全ての部隊へ同じ情報が届くかも問題だな。
それに加え、経路の地雷・砲撃・検問、安全な到着先、バスや燃料、住民への告知が必要です。どれか一つ欠けても、大人数を安全に移動させることはできません。
3月14日前後からは、自家用車を中心に多数の住民がザポリージャ方面へ脱出できるようになりました。ただし、それまでに長期間取り残された人も多く、避難できたことと人道危機が解消したことは同じではありません。
3月9日――産科病院への空爆
3月9日、マリウポリ第3病院の産科・小児医療施設が攻撃されました。OHCHRの人権監視団は、後の報告でロシア軍の空爆によって同病院が破壊されたことを確認しています。
確認:OHCHRは3月26日付の更新で、3月9日にロシア軍の空爆によってMariupol hospital No.3が破壊されたと検証しています。
ロシア側の説明:ロシア政府側は施設がウクライナ側部隊に利用されていたなどと主張しました。
記事での扱い:本記事では攻撃主体についてOHCHRの検証を採用し、ロシア側の主張は当事者説明として区別します。
出典:OHCHR「Update on the human rights situation in Ukraine, 26 March 2022」

病院まで攻撃されるなら、負傷しても助かる場所がなくなる。
医療施設の被害は、建物一棟の損失では終わりません。すでに薬品、電力、水が不足する都市で、治療能力そのものをさらに削ります。
3月中旬――包囲から市街地攻略へ
ロシア側は都市を囲んだ後、東西の郊外から市街地へ圧力を強めました。ISWは3月15日時点で、ロシア軍がマリウポリを包囲し、西側・東側の郊外へ日々攻撃していたと評価しています。


包囲できたなら、降伏まで待つ方法もある。なぜ市街地へ入るんだ?
待てば守備側を消耗させられますが、その間はロシア側の部隊も拘束されます。マリウポリが残る限り、南部回廊の安定運用も難しく、ドンバスの別戦線へ部隊を回しにくいままです。
そのため、ロシア側には都市を早く制圧する作戦上の動機がありました。一方、市街地へ入れば、攻撃側は建物・交差点・工業施設を一つずつ処理する必要があり、包囲しているだけの場合より損耗が増えます。

包囲は有利でも、「早く取る」となると市街戦の代償を払うわけだな。
そうです。この二つは同じではありません。
3月16日――劇場への攻撃
3月16日、市中心部のドネツク州立アカデミー演劇劇場が大きく破壊されました。劇場は戦闘を逃れた多数の民間人の避難場所になっていました。
衛星画像では、建物の前後にロシア語で「子ども」を意味する「ДЕТИ」と大きく記されていたことも確認されています。

避難所だと分かるように書いていたのに……。
死者数には大きな不確実性があります。当時の市当局は約300人死亡と発表しましたが、Human Rights Watchは確認できないとしました。
その後、Amnesty Internationalは現地証言、衛星画像、物理的証拠などを調査し、劇場はロシア軍の空爆で破壊された可能性が高く、民間人を標的または無差別に危険へさらした攻撃として明白な戦争犯罪と結論付けています。
包囲下では遺体収容、住民登録、通信、病院機能が崩れ、同じ事件でも推計が大きく変わります。劇場攻撃について、Amnesty Internationalが個別に確認できた死亡者は少なくとも十数人です。一方、マリウポリ市当局は当時、死者を約300人と発表しました。前者は確認できた最低数、後者は包囲下の推計であり、一つの「十数~300人」という連続した範囲にはしません。
3月下旬――「都市を囲む戦い」から「都市の中を奪う戦い」へ
3月後半、戦況はさらに変わります。ISWは3月23日に、マリウポリでは街区ごとの戦闘が続き、ロシア側が砲兵、無人機、航空攻撃などを強めながら限定的に前進していると評価しました。
3月24日には、ロシア側部隊が市中心部へ進入したとISWが報告しています。包囲線を外から縮める段階から、市街地内部を分断して守備隊の活動範囲を削る段階へ移っていきました。
東西から接近
都市を包囲
生活基盤が崩壊
市街地攻撃拡大
守備地域を圧縮

包囲されて終わりじゃなく、そこから一か月近く市街地で戦ったのね。
はい。そして守備隊にとって重要なのは、外から大規模な増援や弾薬補給を期待できなくなったことです。戦力を失うたびに防御範囲を縮めるしかなくなります。

でも包囲側も、街区を一つずつ取るなら兵力をずっと縛られるな。
その指摘も重要です。米陸軍Military Reviewは、マリウポリの長期抵抗がロシア側の複数部隊を拘束し、本来なら別の攻勢へ使えた戦力を長く都市戦へ引き付けたと評価しています。
なぜ「無援」でも戦い続けられたのか
ここで一つ誤解を修正しておきます。「無援」とは、都市内部に戦力が少なかったという意味ではありません。
マリウポリには、第36独立海兵旅団、国家親衛隊アゾフ連隊、国境警備隊、警察、領土防衛など複数の部隊が残っていました。問題は、包囲後に外から継続的な補充を受ける経路がほぼ失われたことです。

兵士がいるかではなく、「減った分を戻せるか」が包囲戦では効くのか。
その通りです。守備側は市街地の建物、工場、地下施設、道路網を使うことで攻撃側へ時間と損害を強いました。一方で弾薬、食料、医薬品、負傷者の治療能力は減り続けます。
防御側に有利な市街地でも、包囲されたままでは時間そのものが資源を削る方向へ働きます。キーウでは時間がウクライナ側の増援と補給を増やしましたが、マリウポリでは逆でした。

前回と同じ「時間」なのに、今度は守る側を苦しくするんだ。
そこが二つの戦いを比べると見えてくる違いです。
3月末――戦場は工業地帯へ収束し始める
3月末までにロシア側は市街地へ深く入り、守備側が保持できる地域は狭まりました。ただし、この時点でアゾフスタリだけが残ったわけではありません。
守備隊は複数の拠点で戦闘を続け、特にイリイチ製鉄所とアゾフスタリ製鉄所を含む大規模工業地域が重要な防御拠点になっていきます。

ここで、最初に見た巨大な製鉄所が本当に要塞みたいな役割になってくるのね。
はい。ただし、工場だから自動的に難攻不落になるわけではありません。広い敷地、頑丈な工業建造物、地下空間、複雑な通路が守備に使える一方、補給が途絶えたままなら籠城できる時間には限界があります。

まとめ――キーウで失敗した包囲が、なぜマリウポリでは成立したのか
キーウでは、ロシア軍は首都へ近づいても西・東の包囲線を完成できず、ウクライナ側には後方との補給・増援経路が残りました。
マリウポリでは、クリミア側から急進したロシア軍とドンバス側の部隊が都市の周囲で圧力をつなぎ、南はアゾフ海でした。3月初旬には外部補給がほぼ断たれ、都市内部の軍事力と市民生活が同時に消耗する包囲戦へ変わります。

都市が小さいから、だけじゃなかった。外につながる道を閉じられたのが決定的なのね。

ただ、包囲した側も一か月で片付けられなかった。市街戦は別の難しさがあるな。
その通りです。ロシア側は包囲という作戦上の優位を得ましたが、都市を実際に制圧するには、建物と工場が連なる市街地を一つずつ攻略する必要がありました。
そして3月末、戦場は大規模工業地帯へ圧縮され始めます。次回は、第36独立海兵旅団とアゾフ連隊などの守備隊がどのように合流・後退し、アゾフスタリ製鉄所で最後の籠城戦を続けたのかを追います。
マリウポリ包囲戦・前編――主要時系列
シリーズ記事
使用画像・図版クレジット
- 侵攻前のマリウポリ市街:Wikimedia Commons「Ukraine, Donetska, Mariupol WMID4173634」
- マリウポリ位置・進撃方向編集図:基図 Wikipedia「ウクライナの地方行政区画」。Life-Hack Daily掲載用編集図。
- 侵攻前のアゾフスタリ製鉄所:Chad Nagle/Wikimedia Commons/CC BY 2.0
- 2022年3月12日のマリウポリ市街:Ministry of Internal Affairs of Ukraine / Mvs.gov.ua/Wikimedia Commons/CC BY 4.0
- アゾフスタリへの砲撃(2022年5月5日公開):Azov Regiment/Handout via REUTERS/Reuters Connect。ライセンス対象画像。
参考資料・外部リンク
- Human Rights Watch / Truth Hounds / SITU Research:“Our City Was Gone”: Russia’s Devastation of Mariupol, Ukraine
- Human Rights Watch:Mariupol Residents Trapped by Russian Assault(2022年3月7日)
- Human Rights Watch:Ensure Safe Passage, Aid for Mariupol Civilians(2022年3月21日)
- OHCHR:Update on the human rights situation in Ukraine(2022年3月26日)
- Amnesty International:“Children”: The attack on the Donetsk Regional Academic Drama Theatre in Mariupol
- ISW:Russian Offensive Campaign Assessment, March 2, 2022
- ISW:Russian Offensive Campaign Assessment, March 15, 2022
- ISW:Russian Offensive Campaign Assessment, March 21, 2022
- ISW:Russian Offensive Campaign Assessment, March 23, 2022
- ISW:Russian Offensive Campaign Assessment, March 24, 2022
- Army University Press:Decided among the Cities: The Past, Present, and Future of War in Urban Environments
※本記事は公開資料を基に、戦争・戦史上の出来事を分かりやすく整理したものです。交戦当事者の発表、外部推定、証言、記事独自の分析を区別し、確認できない事項はその旨を記載しています。戦況・損害・支配地域等の情報は、記事記載の基準日時点のものです。
※本記事は「東方Project」の二次創作です。キャラクター原作:上海アリス幻樂団/立ち絵素材:うさ義式(うさ義様)/本記事は各国政府・軍・関連組織および東方Project公式とは関係ありません。


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