ロシア・ウクライナ戦争⑤ マリウポリ包囲――無援の籠城戦(後編)

戦争・戦史

前回に引き続き、マリウポリの戦いを解説していく。


マリウポリ包囲戦 後半サマリー

項目 内容
戦争日数 約30~86日目
対象期間 2022年3月下旬~5月20日
主戦場 マリウポリ市街地、アゾフスタリ製鉄所
最終防衛拠点 アゾフスタリ製鉄所
ウクライナ側の主力 第36独立海兵旅団、アゾフ連隊、国家親衛隊、警察部隊など
ロシア側の主力 ロシア軍、親ロシア派部隊、海軍歩兵、砲兵・航空部隊など
ロシア軍の戦術 製鉄所への砲撃・空爆を継続しながら、包囲によって補給と脱出経路を遮断
民間人の状況 一部住民が地下施設に避難し、食料・飲料水・医薬品が不足
守備隊の状況 長期包囲により弾薬、食料、医療物資が不足し、負傷者の治療も困難となった
包囲戦の終結 2022年5月20日、ロシア国防省が製鉄所の制圧を発表
戦略的結果 ロシア軍がマリウポリを制圧し、ロシア本土・ドンバス・クリミアを結ぶ陸上回廊を確保
今回の記事テーマ アゾフスタリ製鉄所での抵抗がどのように続き、マリウポリ包囲戦が終結したのかを整理する


アゾフスタリ製鉄所――最後の要塞

2022年3月下旬。

マリウポリ市街地の大部分はロシア軍の支配下に入り、ウクライナ側の防衛部隊は次第に後退を余儀なくされた。

最後の防衛拠点となったのが、市東部に位置するアゾフスタリ製鉄所である。

この工場は単なる製鉄所ではなかった。

総面積は約11平方キロメートルに及ぶ巨大な工業施設だった。

(アゾフスタリ製鉄所の高炉。 引用元Azovstal blast furnace smoke – カテゴリ:アゾフスタール – ウィキメディア・コモンズ)

この工場は欧州で最大級の製鉄会社の一つで、6基の高炉を含む大規模な設備が整備されていた。

そのほかにも敷地内には、配管施設、コンクリート建造物が入り組み、さらにはソ連時代に整備された核攻撃などを想定した地下六階までの広大な地下施設や防空壕が存在していた。
この地下施設には最大4000人を収容でき、市内の同様の地下施設と地下通路で接続されていた。

こうした構造は、攻撃側にとって極めて攻略が難しい環境になった。

ウクライナ軍は、第36独立海兵旅団や国家親衛隊、アゾフ連隊などの部隊を中心に、数千人がこの製鉄所へ集結する。

一方、ロシア軍と親ロシア派部隊は数万人規模の兵力を投入し、約80日間に及ぶ包囲戦を継続した。

ここには軍人だけでなく、一部の民間人も避難していたとされ、地下施設での生活は長期化した。

ロシア軍は当初、地上部隊による制圧を試みた。

しかし、複雑な施設構造と地下空間を利用した防御により、大きな損害を伴う戦闘となった。

その後は、砲兵・航空戦力による攻撃を継続しつつ、施設全体を包囲して補給を断つ作戦へ重点を移していく。

ロシア軍は4月16日までに降伏するよう通告したが、ウクライナ軍は拒否した。

4月21日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、製鉄所への突入を中止し、「ハエ一匹も通さないよう封鎖せよ」との趣旨の指示を公表した。

これは市街地戦でさらなる損害を避ける一方、包囲によって守備隊を消耗させる狙いがあったとみられている。

一方、ウクライナ側は、この防衛戦によってロシア軍の兵力を長期間拘束し、他戦線への展開を遅らせる効果があったと説明している。

戦略的評価にはさまざまな見方があるものの、アゾフスタリ製鉄所は、マリウポリ包囲戦を象徴する場所となったことは間違いない。


アゾフスタリ製鉄所の概要

項目 内容
所在地 マリウポリ東部
敷地面積 約11km²
特徴 巨大な工業施設・地下施設・鉄道網
主な守備部隊 第36独立海兵旅団、国家親衛隊、アゾフ連隊など
軍事的特徴 市街地最後の防衛拠点

人道回廊――戦場から人々を救う試み

包囲戦が長期化するにつれ、国際社会の関心は軍事作戦だけでなく、市内に取り残された民間人の安全へと移っていった。

国連(UN)と国際赤十字委員会(ICRC)は、住民を安全な地域へ避難させるため、関係当事者との調整を続けた。

しかし、実際の避難は容易ではなかった。

戦闘が継続する中で、予定されていた避難が延期・中断されることもあり、避難経路の安全確保は大きな課題となった。

それでも2022年5月初旬には、国連とICRCの支援のもとでアゾフスタリ製鉄所周辺から民間人を避難させる作戦が実施され、多くの人々が戦闘地域から退避した。

(マリウポリからザポリージャへ避難するICRCバス。 引用元:ICRC_buses_for_evacuation_convoy_from_Mariupol_to_Zaporizhzhia.jpg (1600×1200))

これは国際機関が関与した人道活動の一例として広く報じられた。

一方で、市街地全体では依然として厳しい人道状況が続いていた。

住民の多くは長期間にわたり十分な食料や医療へのアクセスが制限され、避難できないまま戦闘地域に取り残されるケースもあった。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、マリウポリを含む各地で民間人に深刻な影響が及んだと報告しているが、個別事案の詳細や責任については、現在も調査や検証が続けられているものがある。

マリウポリ包囲戦は、軍事的な攻防だけではなく、人道支援の難しさを世界に突きつけた出来事でもあった。

地下施設から地上へ出た人々の姿は、戦争が一般市民の生活をいかに大きく変えてしまうのかを象徴する光景として、世界中に報じられたのである。


最後の命令――守備隊の撤収

2022年5月中旬。

約3か月に及んだマリウポリ包囲戦は、終局を迎えようとしていた。

アゾフスタリ製鉄所では、長期間にわたる包囲によって弾薬や食料、医療物資が不足し、多くの負傷者が十分な治療を受けられない状況となっていた。

ウクライナ政府は5月16日、守備隊に対し「守備任務は完了した」として撤収を命じたと発表した。

その後、守備隊は段階的に製鉄所から退去し、ロシア側の管理下へ入った。

ロシア政府はこれを「降伏」と位置付けた一方、ウクライナ政府は「部隊の生命を守るための撤収であり、将来的な捕虜交換を前提とした措置」と説明した。

両国の表現には違いがあったものの、2022年5月20日、ロシア国防省はアゾフスタリ製鉄所の制圧を発表し、マリウポリ包囲戦は軍事的に終結した

アゾフ大隊の降伏の様子。ロシア・ウクライナ戦争序盤の激戦が終結した。

(ウクライナ「アゾフ部隊」の降伏の様子。 引用元:By Mil.ru, CC BY 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=118166634)


まとめ

マリウポリという戦略拠点を巡る戦いは、単なる局地戦以上の物を内包していた。

2022年2月24日の全面侵攻開始から5月20日にかけて約3か月にわたり続き、ロシア・ウクライナ戦争初期を代表する戦いとなった。

ロシア軍にとっては、クリミア半島とドンバス地域を陸路で結ぶ「陸上回廊」の形成という戦略目標の達成につながり、南部戦線の補給や部隊運用を安定させる効果をもたらした。

一方で、ウクライナ側は長期間にわたり防衛を続けたことで、多数のロシア軍部隊をマリウポリへ引き付け、他戦線への展開を一定期間遅らせることができた。

双方にとって極めて大きな意味を持つ戦いだった。

一方で、住民は長期間にわたり戦闘の中で生活を余儀なくされ、多くの人々が避難や人道支援を必要とする状況となった。

軍事的勝敗だけでは語ることのできないこの戦いは、都市戦の過酷さと、人道問題の重要性を改めて浮き彫りにした。

マリウポリ包囲戦の時系列

日付 出来事
2月24日 ロシア軍が全面侵攻を開始。マリウポリへの攻勢が始まる。
3月上旬 包囲が進み、主要道路が遮断される。
3月下旬 守備隊がアゾフスタリ製鉄所へ集結。
5月初旬 国連・ICRC支援のもと民間人避難が進む。
5月16~20日 守備隊が段階的に撤収し、包囲戦が終結。

※本グラフは、公表されている戦況をもとにした記事オリジナルの戦況進行指数です。実際の占領率を示すものではありません。

マリウポリ包囲戦の進行(戦況進行指数)

※0=侵攻開始 100=ロシア軍による都市制圧

2/24 2/28 3/5 3/15 5/20 0 25 50 75 100

次回予告

戦場の主役は南部から東部へ移る。

ロシア軍は首都キーウ攻略を断念した後、戦力をドンバスへ集中させ、新たな攻勢を開始する。

戦争は、ここから新たな局面へ入っていくのである。

参考資料・外部リンク

アゾフスタリ製鉄所・戦況分析

民間人避難・国連とICRCの活動

民間人被害・人権状況

ウクライナ政府・ロシア政府の発表

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