ロシア・ウクライナ戦争⑤ マリウポリ包囲――無援の籠城戦(後編)

戦争・戦史
霊夢
霊夢

前編の最後でもう補給はほとんど途絶えていたよね。それなのに、どうして5月まで戦えたの?

魔理沙
魔理沙

工場地帯は住宅街より攻めにくい。守備側が弱っていても、攻撃側が簡単に排除できるとは限らないぜ。

2022年3月末。マリウポリのウクライナ守備隊は、都市外部との通常の地上補給をほぼ失っていました。しかし、戦闘はここからさらに約1か月半続きます。

理由は単純な「精神力」ではありません。守備側は巨大工業地帯の複雑な地形を利用できる一方、攻撃側はそこへ踏み込めば大きな損害を覚悟しなければならない。ところが守備側には、弾薬・食料・医薬品を補充し続ける手段がありません。

霊夢
霊夢

攻める側は急いで入りたくない。でも守る側は待つほど苦しくなる。時間の意味が真逆なんだ。

その通りです。後編では、複数に分かれていた守備隊がアゾフスタリへ集約され、封鎖と人道避難を経て、最後に組織的抵抗を終えるまでを時系列で追います。

前編までのあらすじ

2月24日の全面侵攻後、ロシア軍とロシア支援下のドネツク側部隊は東西からマリウポリへ接近しました。3月初旬には都市を包囲し、水道・電力・暖房・通常の物流が崩壊。3月中旬以降は市街地へ進出し、守備地域を段階的に圧縮しました。

3月末には製鉄所・港湾・工業地域が重要な防御拠点になっていました。ただし、この段階ではまだ「守備隊全員がアゾフスタリだけに籠城」していたわけではありません。

マリウポリ包囲戦・後編サマリー

対象期間2022年3月末~5月20日
4月前半イリイチ製鉄所・港湾・アゾフスタリなど複数地域で抵抗が継続
最大の転換4月11~13日、第36独立海兵旅団の一部が捕虜となり、一部がアゾフスタリへ合流
4月21日プーチン大統領が大規模突入を中止し、製鉄所の封鎖を指示
5月初旬国連・ICRCの調整で民間人避難が進む
終結5月16~20日、守備兵が段階的に退出しロシア側管理下へ。組織的戦闘が終了
「無援」の意味:完全に一切の支援がなかった、という意味ではない。ウクライナ側は包囲下でも危険なヘリ輸送で限定的な弾薬・医薬品の搬入や負傷者搬出を実施したことが、後のウクライナ大統領府資料でも確認できる。ただし、守備隊を維持できる規模の通常の地上補給・増援経路は失われていた。本記事ではこの状態を「無援」と表現する。

3月末~4月前半――まだ「アゾフスタリだけ」ではない

2012年に撮影されたアゾフスタリ製鉄所の高炉地区
2012年のアゾフスタリ製鉄所・高炉地区。巨大な工業設備、建造物、道路・鉄道・配管が入り組む広大な施設だった。 撮影:Odessicus/ Wikimedia CommonsCC BY-SA 3.0

アゾフスタリは約11平方キロメートルに及ぶ巨大工業施設でした。しかし、3月末の時点でマリウポリ守備隊がここだけへ集結していたわけではありません。

第36独立海兵旅団の主力は市北部のイリイチ製鉄所周辺、アゾフ連隊などはアゾフスタリ方面、さらに港湾周辺にもウクライナ側部隊が残っていました。

魔理沙
魔理沙

守備地域が別々なら、互いに弾薬や兵力を融通するのも難しくなるな。

それが4月前半の大きな問題でした。都市内部でロシア側の支配地域が広がるほど、守備隊同士の連絡は細くなります。補給がなくなるだけでなく、守備隊そのものが分断される段階へ入ったのです。

4月11~13日――第36海兵旅団が分かれる

4月11日から13日にかけて、イリイチ製鉄所周辺を守っていた第36独立海兵旅団の状況が限界へ近づきました。弾薬・食料などの不足が深刻化し、部隊は包囲突破を試みます。

結果は一つではありませんでした。ロシア国防省は4月13日、同旅団の1,026人が降伏したと発表しました。この数字はロシア側発表ですが、ウクライナ側も後に同旅団の一部が捕虜となったことを認めています。

一方で、すべての海兵隊員がそこで戦闘を終えたわけでもありません。ISWは4月13日、第36旅団の一部がイリイチ製鉄所から突破し、アゾフスタリのウクライナ部隊と合流したと報告しています。

霊夢
霊夢

「マリウポリ守備隊がそのままアゾフスタリへ撤退した」って話ではないのね。

はい。部隊が崩れ、捕虜となる者が出る中で、一部が別の防御拠点へ合流しました。ここを飛ばすと、アゾフスタリに最後の守備隊が突然現れたように見えてしまいます。

なぜアゾフスタリだけは、すぐに落ちなかったのか

4月中旬以降、アゾフスタリはマリウポリに残る最大の組織的抵抗拠点になります。

霊夢
霊夢

空爆や砲撃を続ければ、巨大な工場でもすぐ戦えなくなるんじゃない?

魔理沙
魔理沙

建物を壊すことと、中にいる守備兵を全部見つけて排除することは別だぜ。

その通りです。アゾフスタリには大型工業建造物、配管、鉄道、複雑な道路、地下の防空壕・避難空間などがありました。戦闘による瓦礫も視界と機動をさらに悪化させます。

攻撃側が敷地へ深く入れば、守備側は短い距離から攻撃し、別の建物や地下空間へ移動できます。広大な工場全体を完全に捜索するには、兵力も時間も必要でした。

ただし「難攻不落」ではありません。
複雑な工場地帯は直接攻略を難しくする一方、守備隊には継続補給がない。食料・水・弾薬・医薬品は使うほど減り、負傷兵は増える。つまりアゾフスタリは「攻撃側が取りにくい場所」ではあっても、「守備側が永遠に戦える場所」ではなかった。

4月21日――「突入」から「封鎖」へ

ロシア側は4月中旬、アゾフスタリ守備隊へ複数回の降伏要求を出しましたが、守備側は抵抗を続けました。

4月21日、プーチン大統領はショイグ国防相とのテレビ会談で、大規模な製鉄所突入作戦を「不適切」として中止し、代わりに施設を厳重に封鎖するよう指示しました。

霊夢
霊夢

突入をやめたなら、守備側が撃退したってこと?

そうは言えません。ロシア側は都市の大部分を支配しており、アゾフスタリを外部から孤立させた状態を維持できました。突入を避ければ、狭い工場内で自軍が負う損害を抑えながら、守備隊の物資が尽きるのを待てます。

魔理沙
魔理沙

攻撃側には外から補給が来る。守備側には来ない。待ち合いなら条件が全然違うな。

地上突入を続ける場合

利点:成功すれば短期間で製鉄所を制圧できる。

問題:複雑な工業施設内部で近距離戦となり、攻撃側の損害が大きくなる可能性が高い。

封鎖・火力攻撃を続ける場合

利点:守備側の物資を減らしながら、直接突入による損害を抑えやすい。

問題:包囲維持の兵力を残す必要があり、戦闘が長引く。

なお、「突入中止」は戦闘停止を意味しません。ISWは4月21日以降も砲撃・空爆や地上攻撃を報告しており、4月25日にはロシア側が再び地上攻撃を行ったと評価しています。

つまり、ロシア政府が示した「全面突入を避ける」という方針と、現場での継続的な攻撃は区別して見る必要があります。

地下には守備兵だけでなく、民間人もいた

アゾフスタリには兵士だけでなく、戦闘を避けて工場地下へ逃れた民間人も残っていました。

この存在は、単純な「要塞攻略」を難しくしました。守備隊への軍事攻撃と、民間人の安全な退出を同時に扱わなければならないからです。

霊夢
霊夢

民間人だけ先に出てもらえばいいけど、戦っている最中にどうやって安全を保証するの?

そこが人道避難の難しさです。出口、集合地点、通過時間、車両、検問、安全地域までの経路を双方が合意し、実際の前線部隊にも共有しなければなりません。

4月末、国連と赤十字国際委員会(ICRC)が中立的な調整役として関与し、本格的な安全通行作戦が始まります。

4月29日~5月8日――国連とICRCによる避難作戦

4月29日に始まった安全通行作戦により、5月初旬からアゾフスタリとマリウポリ周辺の民間人がザポリージャ方面へ避難しました。

2022年5月8日、アゾフスタリとマリウポリ周辺からザポリージャへ向かう避難作戦のICRCバス
2022年5月8日、ベジメンネの出発地点に並ぶICRC避難バス。アゾフスタリ製鉄所とマリウポリ周辺からザポリージャへ向かう安全通行作戦に使用された。 撮影:ICRC photographer/ Wikimedia Commons。 元ICRC配布ページでは「rights-free material」として提供された画像。

5月8日、国連は最新の避難で170人超がザポリージャへ到着し、一連の作戦による避難者が合計600人超になったと発表しました。

魔理沙
魔理沙

600人全部がアゾフスタリの地下にいた人、という数字ではないんだな。

そうです。国連発表は「アゾフスタリとマリウポリ周辺」からの一連の避難を合算しています。製鉄所内部から救出された人数だけと混同しない方が正確です。

民間人が出ても、守備隊の問題は残った

5月7日ごろ、ウクライナ政府はアゾフスタリに残っていた民間人の避難が完了したと発表しました。しかし守備兵と負傷兵は残りました。

ロシア側は砲撃・航空攻撃・地上攻撃を継続します。守備側では食料、弾薬、医薬品が減り、多数の負傷兵を十分に治療できない状況が深刻になりました。

霊夢
霊夢

ここから逆転する方法って残っていたの?

魔理沙
魔理沙

地上救援か大規模突破がなければ、都市を取り返す意味での逆転はかなり厳しいな。

軍事的にはその通りです。守備隊が自力で包囲を破り、友軍地域まで移動する余力はほとんど残っていませんでした。ウクライナ軍もこの時期、マリウポリまで地上の救援回廊を開く能力を持っていません。

それでも抵抗を続ける意味が完全になくなったわけではありません。アゾフスタリを完全制圧するまで、ロシア側はマリウポリに部隊を残し続ける必要がありました。

ISWは4月21日時点で、マリウポリに投入されたロシア側部隊が大きく損耗し、残存守備隊によって相当な戦力が拘束・劣化したと評価しています。

5月16日――「降伏」と「撤収」は何が違うのか

5月16日、包囲戦は最終局面に入りました。ウクライナ側はアゾフスタリ守備隊の「戦闘任務を終了する」方針を示し、負傷兵を含む守備兵が段階的に製鉄所から退出し始めます。

その日の最初の集団はロシア側支配地域へ移送され、以後も退出が続きました。

霊夢
霊夢

ニュースでは「降伏」と「撤収」の両方を見たけど、結局どっちなの?

まず、言葉ではなく実際の行動を見ます。

実際に起きたこと意味
守備隊が組織的戦闘を終了アゾフスタリからの抵抗を継続しない状態へ移った
兵士が製鉄所から退出負傷者を含め、ロシア側が管理する地域へ移送された
武装したまま友軍地域へ撤退したわけではない退出後はロシア側の管理下に置かれ、捕虜として扱われた
ウクライナ政府は生命保護を重視後の捕虜交換を目指し「救出作戦」「戦闘任務終了」と説明した

軍事的な結果として見れば、守備隊は抵抗をやめて敵側の管理下へ入ったため、一般に降伏と表現できます。Reutersも当時「surrender」と報じています。

一方、ウクライナ政府は「守備隊の生命を救う」「戦闘任務は完了した」と説明し、捕虜交換で帰還させることを目標としました。

魔理沙
魔理沙

同じ出来事を、軍事上の状態と政府の説明が別の言葉で表している、と見ればいいわけだ。

はい。「どちらの単語が政治的に正しいか」を争うより、何が起きたかを先に固定した方が理解しやすくなります。

5月19~20日――最後の守備兵が製鉄所を出る

2022年5月19日、アゾフスタリ製鉄所から退出してロシア側の管理下に入るウクライナ兵
2022年5月19日、アゾフスタリ製鉄所から退出し、ロシア側の管理下へ入るウクライナ兵。画像元のロシア国防省は「降伏」と説明しているが、本記事では画像の内容と当事者側の表現を分けて記載する。 撮影・公開:Russian Ministry of Defence / Mil.ru/ Wikimedia CommonsCC BY 4.0

5月19日にも守備兵の退出が続きました。ロシア国防省が公開した映像には、製鉄所から出たウクライナ兵が検査を受け、ロシア側管理下へ移る様子が記録されています。

5月20日、ロシア国防省は最後の集団が製鉄所から退出したと発表しました。Reutersも、最後の守備兵が降伏し、数週間に及ぶアゾフスタリ攻防が終結したと報じています。

霊夢
霊夢

これで、2月から続いたマリウポリの組織的な戦闘が終わったのね。

はい。ロシア側は都市と港湾、大規模工業地帯を掌握し、クリミアと占領下ドンバスを結ぶ陸上回廊の主要部分を確保しました。

結局、アゾフスタリ籠城戦は何を変えたのか

ここでは「最後まで戦ったから実質勝利だった」「都市を失ったから無意味だった」のどちらにも寄せません。軍事的な結果と、抵抗が与えた効果を分けます。

達成したこと達成できなかったこと・代償
ロシア側マリウポリを制圧。港湾・工業地帯を掌握し、南部の陸上回廊を形成。残存守備隊の組織的抵抗を終了させた。都市攻略に約3か月を要し、市街戦・包囲維持で部隊を長期間拘束。投入部隊も大きく損耗した。
ウクライナ側長期抵抗によってロシア側へ時間と兵力の消費を強い、マリウポリ部隊を他戦線へ即時転用させなかった。都市保持、地上補給路の再開、包囲突破には失敗。最終的に多数の守備兵が捕虜となった。
マリウポリ包囲戦の軍事的勝者はロシア側である。
ただし、その勝利は短期間の制圧ではなく、長期包囲と市街戦を経て得たものであり、ウクライナ側の抵抗はロシア側へ無視できない時間・戦力コストを負わせた。
霊夢
霊夢

「守り切った」わけでも、「すぐ負けた」わけでもない。包囲された状態で時間を使わせ続けた戦いだったんだ。

魔理沙
魔理沙

でもロシア側からすれば、最終的には南部回廊を確保した。戦略的には大きな成果だな。

キーウでは包囲そのものに失敗しましたが、マリウポリでは包囲を完成させ、最終的に都市制圧まで到達しました。

ただし戦争全体は、マリウポリが陥落するまで待っていません。4月にはすでにロシア軍がキーウ方面から撤退した戦力を東部へ移し、ドンバスで大規模攻勢を始めていました。

次回は、その「第二段階」――ドンバス攻勢へ移ります。ロシア軍は初期の高速進撃から何を変え、なぜ戦争の主役が機動力から砲兵火力へ移ったのかを追います。

マリウポリ包囲戦・後編――主要時系列

3月末市街地の守備地域が圧縮されるが、イリイチ製鉄所・アゾフスタリ・港湾など複数拠点で抵抗が続く。
4月11~13日第36独立海兵旅団の防御が崩れ、一部が捕虜となる一方、一部がアゾフスタリへ合流。ロシア側がイリイチ製鉄所を確保。
4月16~20日ロシア側が降伏を要求しながらアゾフスタリへの砲爆撃・地上攻撃を継続。
4月21日プーチン大統領が大規模突入を中止し、製鉄所を封鎖するよう指示。ただし戦闘・攻撃はその後も続く。
4月29日~5月8日国連・ICRCが安全通行作戦を調整。アゾフスタリとマリウポリ周辺から民間人の避難が進む。
5月7日前後ウクライナ政府がアゾフスタリに残っていた民間人の避難完了を発表。
5月16日守備隊が組織的戦闘の終了と段階的な退出を開始。負傷者を含む兵士がロシア側管理地域へ移送される。
5月20日最後の守備兵が製鉄所から退出。ロシア国防省がアゾフスタリ制圧を発表し、マリウポリ包囲戦の組織的戦闘が終結。

シリーズ記事

使用画像・図版クレジット

参考資料・外部リンク

資料の読み方:マリウポリ包囲下では、ロシア・ウクライナ双方が軍事的・政治的メッセージを発信していた。本記事では、当事者発表は発表主体を明記し、戦況の整理にはISW、民間人避難には国連・ICRC、最終局面の客観的経過にはReuters等を併用した。「降伏」「撤収」など評価を含みやすい語は、まず実際に起きた行動を説明した上で使用している。

※本記事は公開資料を基に、戦争・戦史上の出来事を分かりやすく整理したものです。交戦当事者の発表、外部推定、証言、記事独自の分析を区別し、確認できない事項はその旨を記載しています。戦況・損害・支配地域等の情報は、記事記載の基準日時点のものです。

※本記事は「東方Project」の二次創作です。キャラクター原作:上海アリス幻樂団/立ち絵素材:うさ義式(うさ義様)/本記事は各国政府・軍・関連組織および東方Project公式とは関係ありません。

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