
ヘルソンでは都市より軍を残すために撤退したんだよね。それなのに今度は、バフムートって一都市を何か月もかけて取りに行くの?

ドネツク州を取るなら意味はある。でも、その街一つで戦争が決まるほど重要かは別だな。
2022年末、ウクライナ戦線の動きは急速に鈍りました。ハルキウのような数十km単位の突破も、ヘルソンのような大規模撤退もいったん終わります。
代わって主戦場となったのが、ドネツク州の地方都市バフムートでした。
夏から続いていた攻撃は秋から冬に激化し、2023年5月まで長期戦となります。戦線は数百mずつしか動かない一方、兵士・砲弾・建物が猛烈な速度で失われていきました。

そんなに損失が出るなら、どっちかが早めに撤退すればいいのに。
今回の疑問はそこです。バフムートは最初から「絶対に失えない都市」だったわけではありません。
しかし双方が人員・時間・威信を投入するほど、戦場そのものの重要性が膨らみ、撤退する政治的・軍事的コストまで高くなっていきました。
- 前回までのあらすじ
- バフムート攻防戦サマリー
- そもそも、なぜバフムートだったのか
- ワグネル――正規軍とは違う人的資源を使える組織
- 「人海戦術」だけでは説明できないワグネルの戦い方
- 数十kmの機動戦から、数百mの消耗戦へ
- 2023年1月――ソレダール陥落
- 3月――「もう撤退した方がいいのでは?」
- 前線で消耗する間、後方では別の軍を準備していた
- 4~5月――都市の中より「西への出口」が重要になる
- 5月――「弾薬をよこせ」 プリゴジンと国防省の対立
- 5月20~21日――ロシア・ワグネル側が市街地を占領
- 「瓦礫だから無価値」ではない
- 損失――「10万人」と「2万人」を混ぜない
- バフムートの「勝利」がロシア内部の対立を拡大した
- まとめ――なぜ双方は、ここまで戦い続けたのか
- バフムート攻防戦――主要時系列
- シリーズ記事
- 使用画像・図版クレジット
- 参考資料・外部リンク
前回までのあらすじ
2022年9月、ハルキウ大反攻でロシア軍の兵力不足が露呈しました。ロシアは約30万人規模の部分動員へ踏み切り、占領下4地域の一方的な併合を宣言します。
一方11月には、補給条件が悪化したヘルソン西岸から撤退。ロシア軍は戦線を縮め、動員兵を加えて防御を厚くする方向へ移りました。
その頃、東部では別の攻勢が続いていました。中心に立っていたのはロシア正規軍だけではありません。
バフムート攻防戦サマリー
| 主な戦闘期間 | 2022年夏~2023年5月 |
|---|---|
| 主戦場 | ドネツク州バフムート、ソレダールと周辺道路 |
| ロシア側の主役 | ワグネルを中心に、ロシア正規軍・空挺軍・砲兵などが支援 |
| 攻撃側の特徴 | 受刑者を含む大量の人的補充と、小規模歩兵・偵察・砲兵・熟練突撃兵を組み合わせた消耗型の攻撃 |
| ウクライナ側 | 市街地と西側補給路を維持しながら防御を継続。ただし防御側も大きく消耗 |
| 戦術的結果 | 2023年5月、ロシア・ワグネル側がバフムート市街地を占領 |
| 作戦上の結果 | 占領後すぐにクラマトルスク方面への大突破にはつながらず、ワグネルと国防省の対立がさらに激化 |
そもそも、なぜバフムートだったのか
バフムートはドネツク州北東部の都市です。戦前人口は約7万人規模で、複数の道路が交差し、西へ進めばチャシウ・ヤール、さらにクラマトルスク方面へつながります。
2022年夏の時点で、ロシア軍はリシチャンシク攻略後にドネツク州の未占領地域へ攻撃を続けていました。その作戦の延長線上にバフムートがあります。
バフムート西方・北西方へ複数道路が伸び、ドネツク州北部の防御体系につながる。
都市を取れば次の防御線へ圧力をかけやすくなる。ただし都市だけで州北部が自動的に崩れるわけではない。
長期戦化するほど「ここまで払った犠牲を無駄にできない」という政治・組織上の意味が上乗せされた。

「何の価値もない街」ではない。でも取れば戦争が決まる街でもない、くらいか。
その理解が近いです。APも2023年3月、ロシア軍がドネツク州未占領地域へ進むにはバフムートを通る必要がある一方、西側当局者は都市占領が戦争全体へ与える影響を限定的と評価していると報じています。
重要なのは、戦い始めた理由と、戦い続けた理由が必ずしも同じではないことです。
ワグネル――正規軍とは違う人的資源を使える組織

バフムート戦で前面に出たのがワグネルです。形式上はロシア正規軍ではありませんが、国家の軍事政策と密接に結び付き、砲兵・航空支援や弾薬供給を受けて大規模戦闘を行いました。

民間企業なのに、独自の軍事力を持ってるのね。
その通りです。特にバフムートでは、正規軍が容易には使えない方法で大量の人員を補充できることが重要でした。
刑務所から大量募集
2022年夏以降、プリゴジンはロシア国内の刑務所を回り、受刑者をワグネルへ勧誘しました。一定期間戦えば恩赦を得られるという条件が提示されました。
米政府は2022年末時点で、ウクライナにいるワグネル要員を約5万人、そのうち約1万人が契約要員、約4万人が受刑者出身と推定していました。

単純計算なら約8割か。ただし「バフムートに5万人全員がいた」って意味じゃないな。
そこは重要です。この5万人は当時ウクライナ戦線に投入されていたワグネル全体についての米政府推計です。本記事ではバフムート単独の正確な兵力へ変換しません。
「人海戦術」だけでは説明できないワグネルの戦い方

受刑者を集めて、とにかく大勢で突撃させたってこと?
大量の人的損失を許容した運用だったことは確かですが、「ただ全員で正面突撃した」だけでは、何か月も少しずつ前進できた理由を説明できません。
RUSIは2023年のロシア歩兵戦術を、line、assault、specialised、disposableなど機能別に分化した構造として分析しています。
小規模に前進
弱点を露出させる
熟練部隊へ情報
突撃・占領

雑に見えても、最初の兵が敵の位置を出させる役まで持ってる。損失を前提にした偵察でもあるわけか。
はい。ただし、その代償は非常に大きく、損失は各役割へ均等に出ません。RUSIもdisposable infantryへ損害が偏ると指摘しています。
数十kmの機動戦から、数百mの消耗戦へ

2022年前半の戦争では、ロシア軍もウクライナ軍も数十km単位で前線を動かす場面がありました。
バフムート周辺では様子が違います。森林帯、塹壕、集落、工業施設、道路、建物を一つずつ奪い合い、数百mの前進に何日もかかることが珍しくなくなりました。

地図はほとんど変わらないのに、戦闘だけずっと続くんだ……。
そこから「肉挽き機」という表現が広まりました。ただし死傷者を刺激的に見せるためではなく、領土変化に比べて人員・弾薬の消費が非常に大きい戦闘という意味で理解する必要があります。
2023年1月――ソレダール陥落
2023年1月、戦況が一段動きます。バフムート北東約10kmのソレダールでワグネルが前進し、ISWは1月11日ごろまでにロシア側が町を占領したと評価しました。

北東を取ったなら、これでバフムートもすぐ包囲できるんじゃないか?
当時もその見方はありました。しかしISWは、ソレダール占領だけでバフムートが直ちに包囲・陥落するわけではないと評価しています。
実際、戦闘はさらに4か月以上続きました。
ソレダール陥落
周辺道路へ接近
西側補給路を脅かしながら
市街地内部へ前進
3月――「もう撤退した方がいいのでは?」

3月半ば、ロシア側はバフムートを三方向から圧迫し、西へ残る回廊は狭くなっていました。APは主要道路もロシア砲撃を受け、ウクライナ側が未舗装路へ依存する状況を報じています。

マリウポリみたいに完全包囲される前に、ここで下がった方がいいんじゃない?

ただ、まだ西へ道があるなら、防御側が相手を削れる時間も残ってる。どこまで粘るかは難しいな。
この判断を「ロシア兵を消耗させるためだけ」と単純化するのは危険です。
ウクライナ指導部は3月、防衛継続を決定しました。そこには敵戦力の拘束・消耗、次の防御線を準備する時間、道路網の保持、象徴的意味など、複数の理由が考えられます。
しかし防御側も無償ではありません。熟練兵、砲兵弾薬、装備を失い続けるため、「守れば守るほど得」という保証はありませんでした。
防衛継続には軍事的合理性があった一方、ウクライナ側にも大きな人的・装備損失が生じ、いつ撤退すべきだったかという費用対効果は議論の余地が残る。
前線で消耗する間、後方では別の軍を準備していた
バフムート戦が長引いていた2023年1月以降、西側諸国はウクライナへ主力戦車や歩兵戦闘車を供与する方針を相次いで示しました。

前線の時計――バフムート
- ワグネルとロシア軍が攻撃を継続
- ウクライナ軍が市街地と補給路を防御
- 双方が人員・砲弾・装備を消耗
- 一日ごとの前線変化は小さい
後方の時計――新編部隊
- Leopard 2など西側装備の供与決定
- 乗員・整備員の訓練
- 歩兵戦闘車・工兵装備なども統合
- 後の反攻用部隊を準備

前線で時間を使っている間に、後ろでは別の部隊が育っていたのね。
はい。ただし、時間を稼ぐためにバフムートだけを選んだと断定するのではなく、長期戦の間に別の準備も同時進行していたと見る方が安全です。
4~5月――都市の中より「西への出口」が重要になる
春になると、ワグネルはバフムート市街東部から中心部へ進み、北・南の側面でもロシア軍が圧力を加えました。

ここでも都市の何%を取ったかより、西へ補給と撤退ができるかを見るべきだな。
その通りです。第5回マリウポリ、第6回セベロドネツクと同じく、都市の中の戦闘だけでなく、その外側の道路が防衛継続を決めます。
ウクライナ軍は西側のチャシウ・ヤール方面へつながる経路を維持しながら市街戦を続けました。完全包囲を避けられたからこそ、5月まで抵抗が続きます。
5月――「弾薬をよこせ」 プリゴジンと国防省の対立

5月5日、プリゴジンはロシア国防省が十分な弾薬を供給していないと激しく批判し、5月10日にワグネルをバフムートから撤退させると脅しました。

本当に弾薬がなくて怒ってたの? それとも国防省とのケンカ?
公開情報だけで一つに決めることはできません。
APが取材した専門家も、実際の弾薬不足、部隊再編の口実、都市攻略失敗の責任回避など複数の可能性を挙げています。

弾薬配分、指揮権、功績、プリゴジン自身の立場。全部が絡んでたと見る方がいいな。
そうです。「本質は功績争いだけ」と断定するのも、「純粋な弾薬不足だけ」と断定するのも危険です。
5月20~21日――ロシア・ワグネル側が市街地を占領
5月20日、プリゴジンはバフムート制圧を宣言しました。ISWは翌21日、ワグネルの市街地攻撃とロシア南部軍管区の航空・砲兵支援によってロシア側がバフムートを占領したと評価しています。

ここは「ロシア軍は実質負け」みたいに言わず、ちゃんと勝利って書くんだね。
はい。バフムート市街地の争奪という戦術レベルでは、ロシア・ワグネル側の勝利です。

でも作戦全体の評価は、その後どこまで進めたかも見る必要がある。
そこを分けます。都市を占領した後、ロシア側が直ちにクラマトルスクやスロビャンスクへ大突破したわけではありません。
さらに5月、ウクライナ軍はバフムート北西・南西の側面で局地反撃を行い、ロシア側は市街地占領と同時に側面防御にも戦力を割く必要がありました。
作戦結果:ドネツク州北部のウクライナ防御線全体を崩す大突破には直結しなかった。
「瓦礫だから無価値」ではない
長期戦でバフムートの市街地は壊滅的な被害を受けました。しかし、「破壊された都市だから軍事的価値がゼロになった」とするのも正確ではありません。
道路、高地、周辺防御線との位置関係は残ります。問題は、ロシア側がその地点を得るまでに長い時間と大きな戦力を使い、占領直後に次の攻勢へ転換できなかったことです。

「瓦礫しか手に入らなかった」じゃなくて、「取ったけど、その次へ進む力まで残らなかった」なのね。
その方が軍事的には正確です。
損失――「10万人」と「2万人」を混ぜない

バフムート戦の損害数は、数字の定義を揃えないと簡単に誤解が生まれます。
| 数字 | 誰の推計・主張か | 意味 |
|---|---|---|
| 約10万人の死傷者 | 2023年5月の米政府推計 | 2022年12月以降の戦闘でロシア側に約10万人の死傷者、そのうち約2万人死亡と推定。バフムート方面を中心とする期間推計で、ワグネルだけの数字ではない。 |
| 2万人超の死亡 | 戦闘後のプリゴジン自身の主張 | ワグネルだけでバフムート戦に2万人超が死亡し、その約半数が受刑者出身だったと主張。 |
| ウクライナ側損失 | 公開資料では確定困難 | 大きな損害が出たことは明らかだが、同一基準で比較できる信頼性の高い総数は公開されていない。 |

米政府の10万人は期間と対象が広く、プリゴジンの2万人はワグネルの死亡主張。横に並べて同じ数字扱いしちゃ駄目だな。
その通りです。また、ウクライナ側の正確な損害が分からない以上、「ロシア側だけが何倍も損をしたからウクライナの戦略は完全成功」とも断定しません。
バフムートの「勝利」がロシア内部の対立を拡大した
バフムート占領でワグネルの戦場での存在感は最大化しました。
同時にプリゴジンは、ショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長への公然批判を繰り返し、「前線で犠牲を払ったのはワグネルだ」という主張を強めます。

勝ったのに、組織としては仲が悪くなっていくの?
むしろ、勝利したからこそ「誰の功績か」「誰が指揮するのか」という問題が大きくなりました。
ロシア国防省は戦争を一元的な指揮系統へ戻したい。一方、プリゴジンは独自の部隊・情報発信力・戦果を持ち、国防省への従属に強く反発します。

戦場の勝敗より、「ロシア軍を誰が動かすか」の問題になっていくわけだ。
その対立は、バフムートが終わっても消えませんでした。
まとめ――なぜ双方は、ここまで戦い続けたのか
バフムートは、最初から戦争全体を決める唯一の都市だったわけではありません。
ロシア側にはドネツク州北部へ前進する作戦上の意味があり、ワグネルには戦果を示す組織上の意味がありました。戦いが長引くほど、すでに投じた兵力と政治的威信が撤退を難しくします。
ウクライナ側も、都市と道路を保持しながらロシア側を拘束・消耗させ、次の防御線や後方部隊の準備時間を得る合理性がありました。しかし防御側自身も熟練兵と装備を失っており、費用対効果が自明だったわけではありません。

「重要な街だったから最後まで戦った」だけじゃなく、戦うほど重要になってしまった面もあるってことね。
はい。それがバフムート戦の特徴です。
しかし長期消耗戦は、次の大突破に必要な戦力を削り、同時にワグネルとロシア国防省の対立を戦場の外へ持ち出した。

次の問題は、そのワグネルを国防省の命令系統へ戻せるのか、だな。
まさにそこです。
バフムートの「勝者」として存在感を高めたプリゴジンは、そのわずか1か月後、ロシア軍指導部との対立を武装行動へ変えます。
なぜロシアのために戦っていたワグネルが、今度はロシア軍司令部へ銃口を向けたのか。次回は2023年6月の「プリゴジンの乱」を追います。
バフムート攻防戦――主要時系列
シリーズ記事
使用画像・図版クレジット
- 2023年2月13日のバフムート空撮:Associated Press/AP Photo。報道資料として引用。
- 2023年5月24日の負傷したウクライナ兵:Efrem Lukatsky / AP/Associated Press。報道資料として引用。
- 2023年3月15日のバフムートのウクライナ兵:Roman Chop / AP/Associated Press。報道資料として引用。
- 2023年4月8日のプリゴジン:AP Photo/Associated Press。報道資料として引用。
- Leopard 2:Ministerstwo Obrony Narodowej/Wikimedia Commons。2008年5月29日のポーランド軍訓練写真。Commons記載の許諾に従い原出典を表示。
- 2023年5月のプリゴジン映像:BBC News Japan掲載映像・画像。オープンライセンス未確認のため報道資料として引用。
参考資料・外部リンク
- RUSI:Jack Watling / Nick Reynolds「Meatgrinder: Russian Tactics in the Second Year of Its Invasion of Ukraine」
- AP:Russia’s Wagner boss threatens Bakhmut pullout in Ukraine(2023年5月5日)
- AP:Drone footage shows scale of Bakhmut’s destruction
- AP:Wagner chief says more than 20,000 of his troops died in Bakhmut battle(2023年5月24日)
- AP:Ukraine vows to hold on to Bakhmut despite Russian onslaught(2023年3月15日)
- ISW:Russian Offensive Campaign Assessment, January 13, 2023
- ISW:Russian Offensive Campaign Assessment, May 21, 2023
- ISW:The Kremlin’s Pyrrhic Victory in Bakhmut: A Retrospective
- BBC News Japan:プリゴジンとワグネルの弾薬供給をめぐる報道(2023年5月)
- Wikimedia Commons:Szkolenie na Leopardach 02.jpg
※本記事は公開資料を基に、戦争・戦史上の出来事を分かりやすく整理したものです。交戦当事者の発表、外部推定、証言、記事独自の分析を区別し、確認できない事項はその旨を記載しています。
※本記事は「東方Project」の二次創作です。キャラクター原作:上海アリス幻樂団/立ち絵素材:うさ義式(うさ義様)/本記事は各国政府・軍・関連組織および東方Project公式とは関係ありません。


コメント