
VTuberって、すっかり人気になったよねー。

昔は一部のネット文化だったのにな。

今は大きなライブ会場まで満員でしょ?

グッズ売り場も、普通のアイドル並みだぜ。

でも、顔をアニメにした配信者じゃないの?

その言い方は、だいぶ乱暴だな。

じゃあ、何が違うのよ?

その違いを会社にした企業を見てみようぜ。
その企業が、東証グロース市場に上場するカバー株式会社です。「ホロライブプロダクション」を運営し、配信、ライブ、音楽、グッズ、ライセンス、ゲームへ活動を広げてきました。
ただし、カバーは最初からVTuber事務所として始まった会社ではありません。出発点はVR技術で、最初の商品は卓球ゲームでした。そこから一人のバーチャルアイドルを育て、世界中にファンを持つコンテンツ企業へ変わっています。
前編では、カバーがどのようにVR会社からホロライブへたどり着き、成長の危機を越え、上場企業になったのかを追います。人気タレントを偶然当てた、という一言では説明できない仕組みが見えてきます。
カバーは最初からVTuber会社ではなかった
カバーは2016年6月、東京都渋谷区道玄坂で設立されました。資本金は300万円。創業者の谷郷元昭氏が注目していたのは、VRやARを使った新しい体験です。
2017年2月には、VR空間で卓球をするゲーム「Ping Pong League」を発売しました。ヘッドセットを着け、コントローラーをラケットのように振る。会社が最初に売ろうとしたのは、現在のようなタレントの配信ではなく、仮想空間へ入る遊びでした。

ホロライブの前が、卓球だったの?

キャラクターの気配すらないな。
商品だけ見れば大転換です。しかし、現実の人の動きをデジタル空間へ移し、その場にいるように感じさせる技術は、後の3Dライブやバーチャル配信にもつながります。
当時はVR機器の普及も始まったばかりでした。良いソフトを作っても、遊ぶための機器を持つ人が少なければ、市場は簡単には大きくなりません。カバーは技術を先に持ちながら、その技術を多くの人に届ける方法を探していた会社でした。
ここには、ソフトウェア会社が直面しやすい壁があります。ゲームを一本完成させても、次の商品を作らなければ売上は続きません。一方、タレントが活動を続ければ、毎週の配信、楽曲、イベントと、同じ技術から新しい体験を繰り返し生み出せます。

卓球が売れないから、配信へ逃げたの?
そこまで単純ではありません。ゲーム開発を捨てたというより、人がバーチャル空間で表現する技術へ重心を移したのです。転機は、画面の中のキャラクターを「遊ぶ対象」ではなく、「会いに行く相手」にしたことでした。
一人のバーチャルアイドルから始まった
2016年末ごろから、コンピューターグラフィックスの姿で動画を投稿する「バーチャルYouTuber」が注目され始めました。ただし、初期は編集した動画が中心で、現在のように毎日長時間の生配信を行う文化はまだ固まっていませんでした。
カバーは2017年9月、バーチャルアイドル「ときのそら」の活動を開始します。ここで初めて名前が出てきますが、重要なのは一人目のタレントというだけではありません。VR・AR技術を、人と視聴者が継続的に交流する舞台へ変えた存在です。


技術の見本なら、一度動けば十分じゃないか?
技術展示ならその通りです。しかしタレント活動では、歌い、話し、失敗し、視聴者との記憶を積み重ねなければなりません。キャラクターデザインだけでも、演者の魅力だけでも、動かす技術だけでも成立しない仕事です。

最初から大勢が見ていたわけじゃないのね。
そうです。活動開始当初は、後の大型ライブからは想像できない小さな出発でした。だからこそ、視聴者が「初期から一緒に育てた」と感じられる関係も生まれました。
同年12月、カバーはARアプリ「hololive」を公開します。スマートフォンでバーチャルキャラクターを動かす技術でした。後にアプリ名は、所属タレントを束ねるブランド名へ変わります。名前の変化より重要なのは、会社の商売がソフト単体から、活動を続ける人とファンの関係へ移ったことです。

アプリを売るより、会いに来てもらう方へ変わったんだな。
しかも、視聴者が会いに来る理由は新機能だけではありません。前回の配信で起きた出来事、次に歌ってほしい曲、本人の目標までが次回を見る理由になります。商品寿命ではなく、活動の継続そのものが価値になる商売へ変わったのです。
一人の活動を、グループの成長へ変える
一人の人気だけに頼ると、その人が休めば活動全体も止まります。カバーはロボ子さん、さくらみこ、星街すいせいらへ所属の幅を広げ、2018年6月には女性VTuberグループ「hololive」を立ち上げました。
同時期に1期生が活動を開始します。タレントが増えた意味は、配信本数が増えることだけではありません。誰かの配信で別のメンバーを知り、コラボで関係性を楽しみ、箱全体を応援する循環が生まれます。


推しを一人選んだら、それで終わりじゃないの?

推しの友達まで気になるのが人情だぜ。
普通の配信者との違いも、ここで見えます。VTuberはキャラクターの外見を持ちながら、演者本人の言葉や反応で視聴者と関係を作ります。完全な架空人物でも、生身をそのまま見せる配信者でもありません。
さらに、ファンが切り抜き動画、翻訳、イラスト、ミームを作り、新しい視聴者へ紹介します。公式が制作した配信を、ファンが別の入口へ編集する。カバーは二次創作ガイドラインを整え、この拡散をブランドの外側にある制作力として取り込んでいきました。
図解1 ホロライブの成長を加速させた循環
注記:公開情報を基にした記事独自の整理です。すべてのファンが同じ経路をたどるという意味ではありません。
一人の視聴者を一人のチャンネルへ閉じ込めず、グループ内を巡ってもらう。この循環が、所属人数の増加を単なる足し算ではなく、相互送客へ変えました。
ただし、所属人数を増やせば自動的に成功するわけではありません。似た個性ばかりなら視聴者を奪い合い、デビュー後の支援が薄ければ活動も続きません。カバーには、異なる個性を選び、デザインを用意し、配信環境を整え、先輩との関係を作る運営力が必要になりました。

人数より、箱の中で居場所を作れるかね。
コロナ禍と海外展開で成長が加速した
2020年、世界的な新型コロナウイルス流行で在宅時間が増え、ライブ配信を見る人も増えました。毎日活動でき、会場へ行かなくても交流できるVTuberは、この環境と強くかみ合います。
カバーは同年4月にホロライブインドネシア、9月にホロライブEnglishを始動させました。日本人タレントへ英語字幕を付けるだけでなく、各地域の言語と文化を持つタレントを入口にしたのが特徴です。

日本の配信を翻訳すれば十分じゃない?

笑う場所まで翻訳はできないぜ。
言葉だけでなく、話題、配信時間、音楽、ネット上の冗談も地域で変わります。現地タレントが自分の文化でファンを集め、そのファンが日本側メンバーとのコラボを見る。逆方向の移動も起きました。

Gawr Gura、Mori Calliopeらの成功は、海外部門だけの売上を増やしたのではありません。「ホロライブ」という共通ブランドを、言語を越えて知られる入口にしました。
海外ファンは配信を見るだけではありません。日本語の歌を聴き、翻訳切り抜きを作り、日本のメンバーとのコラボを追います。日本側のファンも海外メンバーの配信へ移るため、海外部門は別会社のように孤立せず、ブランド全体の視聴時間を広げました。

外出できない時代が、追い風になったのね。
追い風は確かです。ただし、それだけなら外出再開とともに人気も戻ってしまいます。カバーが次に必要としたのは、増えた視聴者をライブ、音楽、商品へつなぎ、会社として支えられる組織を作ることでした。
図解2 2017年から上場までの転換点
急成長したホロライブを危機が襲う
視聴者と所属タレントが増えれば、喜ばしいことばかりではありません。ゲームを配信してよいのか、音楽を使ってよいのか、どの国の表現に配慮するのか。個人配信者なら本人が背負っていた判断を、企業が仕組みとして管理する必要が生じます。
2020年6月、カバーは一部のゲーム配信について、著作権者の許諾を得ないまま収益化していた不手際を認め、謝罪しました。その後、権利者との協議や許諾取得を進めます。

配信者が増えれば、確認するゲームも増えるな。

人気になってからでは遅い話ね。
同年には、中国市場をめぐる問題も起きました。配信画面に表示された地域名をきっかけに反発が広がり、所属タレントへの攻撃や配信妨害へ発展します。カバーは対応を重ねましたが、最終的に中国向けグループの活動を終了し、市場から撤退しました。

一つの表示で、事業ごと消えるの……。
国際的な配信では、本人に政治的意図がなくても、地域によって言葉や表示の受け止め方が変わります。配信が即時であるほど、企業が公開前にすべてを確認することも困難です。
二つの問題は原因が同じではありません。しかし、どちらも「配信を自由に増やす力」と「企業が権利・地域・安全を管理する力」のずれを示しました。

小さな事務所のやり方では回らなくなったんだな。
カバーは権利確認、法務、海外対応、マネジメント、誹謗中傷対策を強化していきます。ファンから見れば舞台裏ですが、この管理能力がなければ、タレントは安心して活動できず、企業とのコラボも広げられません。
ここで、成長の意味も変わります。以前は登録者数や配信数を増やすことが成長でした。企業との契約が増え、活動地域が広がった後は、配信を止めずに権利を確認し、タレントを守り、各国の取引先へ説明できることも成長です。表から見えない部署が、ブランドの供給能力を支えるようになりました。
配信者の事務所から、コンテンツを作る会社へ
成長初期の中心は、タレントが行う日々の配信でした。しかし、配信だけでは一人が活動できる時間に上限があります。カバーは音楽、ライブ、記念グッズ、公式ショップ、ライセンスへ活動を広げました。

無料配信で人気を集めて、商品を売るのね。

それだけなら、広告会社でもできそうだぜ。
カバーの特徴は、キャラクターとタレントの活動を土台に、商品企画、音楽制作、3Dライブまで自社の能力を増やしたことです。2021年には公式オンラインショップを開始し、同年にメディアミックス企画「ホロライブ・オルタナティブ」、2022年には仮想空間「ホロアース」のβ版を公開しました。
そして上場後の2023年5月、総工費27億円の新スタジオを発表します。工事費8億円、機材費19億円。200台以上のモーションキャプチャーカメラ、レコーディング設備、クロマキースタジオなどを備えました。


に、27億円? 卓球会社だったのに。

卓球で学んだ動きが、巨大設備になったな。
その比喩は少し大きすぎます。ただ、現実の人の動きをデジタルへ移すという原点は残っています。変わったのは、ゲームを一本売るのではなく、所属タレントが何度もコンテンツを作る生産設備になったことです。
設備を自社で持てば、制作の自由度と供給量を上げられます。一方で、人員、保守、減価償却など固定費も増えます。人気が続く限り強い参入障壁になりますが、稼働しなければ重い負担です。この採算は後編で検証します。
新スタジオは、単に「豪華な配信部屋」ではありません。複数人の動きを同時に取り込み、音楽を収録し、映像と現実の演者を合成する工場です。テレビ局、音楽会社、ゲーム会社が別々に持っていた機能を、VTuber向けに一か所へ集めた設備と考えると分かりやすいでしょう。
東証上場――カバーは何の会社になったのか
カバーは2023年3月27日、東京証券取引所グロース市場へ上場しました。設立から約7年。VR卓球ゲームの会社は、ホロライブを中心とするエンターテインメント企業として株式市場へ出ます。
この時点のカバーを「VTuber事務所」の一語で表すと、事業の半分しか見えません。
| 会社の顔 | 行っていること | 価値の源 |
|---|---|---|
| タレント事務所 | 配信支援、マネジメント | 継続的な活動とファン |
| IP企画会社 | キャラクター、世界観、ライセンス | 複数商品へ展開できるブランド |
| 制作会社 | ライブ、音楽、番組、3D映像 | 自社スタジオと制作人材 |
| 商品会社 | グッズ、公式ショップ | ファンの購入と物流 |
| 技術会社 | 配信システム、モーション、仮想空間 | 表現を可能にするソフトと設備 |
上場によって得た資金や信用は、スタジオ、海外拠点、ゲーム、商品開発へ使えます。その代わり、会社には売上だけでなく、利益と投資回収を株主へ説明する責任が加わります。


配信もライブも海外も。期待できそうだね。

人気と会社の利益は、同じ動きをするのか?
そこが、上場後のカバーを見る中心になります。ファンが増えても、ライブ制作費や人件費、在庫、開発費がそれ以上に増えれば利益は伸びません。反対に、一度作ったIPをライセンスやデジタル商品へ広げられれば、タレント数を急増させずに成長できます。
前編まとめ――技術より先に、関係を育てた
カバーはVR会社として始まり、卓球ゲームを作りました。その技術を一人のバーチャルアイドルの活動へ移し、ときのそらを起点にグループを作り、タレント同士とファンが互いに新しい入口を生む仕組みへ育てました。
コロナ禍と海外展開は成長を加速させました。同時に、ゲーム配信の権利問題と中国市場からの撤退は、自由な配信文化を企業として支える管理能力が欠かせないことを示しました。
上場時のカバーは、すでに配信者の所属事務所だけではありません。タレント、キャラクター、ファン、制作設備を結び、同じ人気を配信、商品、音楽、ライブへ展開するコンテンツ企業です。
カバーの売上を「配信・コンテンツ」「ライブ・イベント」「マーチャンダイジング」「ライセンス・タイアップ」の四つに分け、最新決算の減収減益、タレント依存、ホロアース、海外展開、2030年目標まで検証します。
後編:ホロライブの人気は利益になるのか――カバーの稼ぎ方と一株価値

私は、グッズが一番儲かると思う。

今度は在庫の山まで見てもらうぜ。

急に夢のない言い方をするわね。
参考資料
- カバー株式会社「会社概要・沿革」
- hololive公式「ときのそら」
- カバー株式会社「弊社における無許諾配信の不手際のお詫びと今後の対応につきまして」
- カバー株式会社「弊社の中国における問題と対応に関するお詫び」
- カバー株式会社「初の海外拠点 COVER USAを発表」
- カバー株式会社「新スタジオ設立を発表」
- カバー株式会社「募集株式発行並びに株式売出しに関する取締役会決議のお知らせ」
※会社の事業・開示状況は2026年8月31日時点で確認しています。本稿はカバー株式会社の企業史を扱う前編であり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。


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