
この映像、滑走路に並んだ大きな飛行機が燃えてる……。

Tu-95だ。巡航ミサイルを撃つ大型爆撃機だな。

2025年6月1日、ロシア各地の航空基地で、大型軍用機が次々に炎上しました。映像を公開したウクライナ保安庁(SBU)は、この攻撃を「蜘蛛の巣作戦」と呼びました。

どこの基地なの? ウクライナとの国境近く?
大きな損害が確認された一つは、シベリアのイルクーツク州にあるベラヤ航空基地です。前線から約4,300キロ離れています。

新型の超長距離ドローンで攻撃したのか?

あれ、でも映像に小さなFPVが映ってるけど?
ウクライナは、ドローンの航続距離を4,300キロへ延ばしたのではありません。短距離ドローンをロシア国内へ持ち込み、発射地点そのものを標的の近くまで動かしたのです。
前回まで――他国の許可を必要としない射程
第19回では、米国の軍事支援と情報共有が一時停止され、ウクライナの戦争継続能力が揺らいだ過程を追いましたね。ATACMSのような供与兵器は、スペックによる制約以上に使用範囲をめぐる政治的制約が大きいのです。
今回解説する蜘蛛の巣作戦は、ウクライナが自国で計画・実行した特殊作戦です。長距離ミサイルの代わりに、物流、秘密工作、小型無人機を結びつけて「射程」を作り出しました。
狙われた爆撃機は、何をしていたのか


「戦略爆撃機」って、核兵器を運ぶ飛行機なの?
Tu-95MSやTu-22M3は核兵器を運用できる機種ですが、ウクライナ戦争では通常弾頭の長距離ミサイルを発射する航空機としても使われていますね。Tu-95MSはKh-101巡航ミサイル、Tu-22M3はKh-22系列などの発射母機になりました。

じゃあ、核兵器そのものを爆破したわけではないんだな。
ええ、公開資料からは核兵器が搭載・保管されていたとは確認できませんね。「核爆発を狙った作戦」ではなく、ウクライナの都市やインフラへの通常攻撃にも使われる一方、ロシアの核戦力にも関係する航空機を攻撃した、と分ける必要があります。
| 機種 | 主な役割 | 補充上の問題 |
|---|---|---|
| Tu-95MS | 長距離巡航ミサイルの発射母機 | ソ連期の機体で、同型機の新造は困難 |
| Tu-22M3 | 超音速長距離爆撃・ミサイル攻撃 | 稼働機と部品が限られる |
| A-50 | 空中早期警戒・指揮管制 | 保有数が少なく、代替が難しい |
これらの航空機は高価なだけではありません。ソ連時代に生産された機体を失えば、予算を積んでも同じ物をすぐ買い直せない点が、戦車や量産型ドローンとは異なります。
1年半の準備――ドローンではなく発射地点を運ぶ

ゼレンスキー大統領によると、作戦準備には1年半以上を要し、117機のドローンが使用されました。SBUは、木製構造物の屋根内部へFPVを収納し、それを載せたトラックを複数の基地付近へ移動させたと説明しています。

屋根が開いて、そこから一斉に飛び出したのか。
公開映像では、外装の一部が外れた構造物から小型機が発進しています。Reutersは、ベラヤ基地への攻撃に使われたトラックが、基地から約7キロの幹線道路上にあったことを映像から特定しました。
図解の要点:飛行距離を延ばすのではなく、地上輸送で発進地点を近づけました。これにより「前線から基地までの距離」は、ドローンの航続距離ではなく秘密輸送の問題へ置き換わりました。

4,300キロ飛んだんじゃなくて、ほとんどを道路で進んだんだってことね。
SBUは、操縦と事前設定された自律航法を組み合わせ、通信を失った一部の機体は計画経路へ移行したと発表しました。Reutersは映像に登場する4基地の場所を確認しましたが、全映像の撮影日時や制御方式の全容までは独立確認できていません。

作戦はゼレンスキー大統領とSBU長官ヴァシル・マリュークの監督下で実施されたとウクライナ側は説明しました。関係要員は攻撃開始前にロシア国外へ退避したとされています。
五つの地域、四つの映像――どこで何が起きたのか

117機が、一つの基地を集中攻撃したわけじゃないんだな。
ロシア国防省は、ムルマンスク、イルクーツク、イワノヴォ、リャザン、アムールの5地域で航空基地が攻撃されたと認めました。そのうちムルマンスクとイルクーツクでは複数機が炎上し、残る3地域では攻撃を撃退したと発表しています。
オレニヤ
ムルマンスク州
Tu-95の炎上を映像で確認
ジャギレヴォ/イワノヴォ
ロシア西部
A-50などを標的。損害は不明確
ベラヤ
イルクーツク州
最大級の損害を衛星画像で確認
ウクラインカ
アムール州
ロシア側は撃退と発表
※上図は西から東への位置関係を示す模式図で、距離・縮尺は正確な地図ではありません。「ジャギレヴォ」と「イワノヴォ」は別基地です。
| 基地 | 地域 | 主な標的 | 確認状況 |
|---|---|---|---|
| オレニヤ | ムルマンスク州 | Tu-95MSなど | 映像で複数の炎上・爆発を確認 |
| ベラヤ | イルクーツク州 | Tu-95MS、Tu-22M3 | 衛星画像で複数機の破壊・大破を確認 |
| イワノヴォ・セヴェルヌイ | イワノヴォ州 | A-50 | 機体への接近映像はあるが、爆発・損害は不明 |
| ジャギレヴォ | リャザン州 | 長距離航空部隊 | 攻撃報告あり。重大損害は未確認 |
| ウクラインカ | アムール州 | 長距離爆撃機 | ロシア側は撃退と発表。独立確認は限定的 |

五つ全部で、同じように成功したわけじゃないのね。
その通りです。「5地域が攻撃対象になったこと」と「5基地で爆撃機を破壊したこと」は同じではありません。後者を裏付ける明確な証拠は、主にベラヤとオレニヤに集中しています。
基地の防空は、なぜ小さなFPVを止められなかったのか

基地の防空部隊が油断していた。それで終わりじゃないか?
油断や警備上の失敗は重要です。しかし、それだけでは仕組みを説明できません。通常の基地防空は、国外や遠方から接近する航空機、巡航ミサイル、長距離ドローンを外周で発見するよう設計されます。
蜘蛛の巣作戦では、脅威が基地のすぐ近くにある民間車両の内部から現れました。低空・低速・小型の機体に対し、長距離レーダーや大型地対空ミサイルは必ずしも適した道具ではありません。

というか、重要な爆撃機を外に並べていたわけ?
Tu-95やTu-22M3は大型で、収容できる強化格納庫が限られますからね。冷戦期の基地設計は、基地近くのトラックから多数の精密FPVが飛び出す脅威を想定していませんでした。前線から遠いこと自体が防護の一部だったのです。

距離という壁の内側から、いきなり攻撃されたんだな。
FPVの弾頭は小さくても、駐機中の航空機なら翼内の燃料、エンジン、電子装置、機体上部を狙えます。高速で飛ぶ爆撃機を撃墜する必要はなく、無防備な瞬間に重要部分へ接触すればよかったのです。
「41機撃破」ではない――戦果を四つの数字に分ける


ニュースでは「41機に打撃」って見たんだけど。41機全部が全損?
いいえ。SBUの41機は「攻撃・打撃を受けた」とする機数で、全損数ではありません。ゼレンスキー大統領は後に、41機の約半数が修復不能だと述べましたが、米政府関係者の推定はさらに低いものでした。
| 数字 | 意味 | 情報源・確度 |
|---|---|---|
| 117機 | 作戦に使用したFPVドローン | ゼレンスキー大統領の発表 |
| 41機 | 攻撃・打撃を与えたとする軍用機 | SBU発表。独立確認されていない総数 |
| 最大20機 | 命中したとする米側推定 | 匿名の米政府関係者2人がReutersへ説明 |
| 約10機 | 破壊されたとする米側推定 | 同上。Reutersは独自に総数を確定できず |
| 10~13機 | 破壊された可能性が高いTu-95・Tu-22 | 衛星画像を検討した複数専門家の範囲 |

投入、命中、損傷、全損を混ぜると、数字が膨らむわけだ。
衛星画像でも、炎上跡や機体残骸から大破は確認できますが、外観だけでは修理可能性を判断しにくい場合があります。反対に、外形が残っていても熱や内部損傷で飛行不能になっている可能性があります。
本記事では、SBUの41機を「破壊数」としては採用しません。公開映像と衛星画像から、Tu-95MSとTu-22M3を中心に少なくとも約10機規模の重大損害が生じた可能性が高い、と整理します。
安いドローンが高価な爆撃機に勝ったのか

数千ドルのドローンで、数億ドルの爆撃機を倒した。完全勝利だな。
確かに費用交換比の差は、この作戦の重要な特徴です。ただし、FPV本体の値段だけを作戦費用と呼ぶことはできません。1年半の情報収集、機材の準備、輸送網、通信、秘匿、複数地点の調整、要員退避が必要でした。

安いのは最後に飛んだ機体で、作戦全体は別なのね。
その通りです。それでも損失した爆撃機をロシアが容易に新造できない以上、通常の金額比較以上の痛手でした。攻撃後は航空機の分散、基地警備、対ドローン装備、民間車両の検査に追加資源を割く必要も生じます。
秘密作戦が民間人へ残した危険
作戦後の調査報道では、木製構造物を運んだ複数のトラック運転手が、本当の積荷や用途を知らなかった可能性が指摘されました。運転手の認識や募集経路には未確定部分が残ります。

知らずに運ばされたって……ゾッとするわね。
秘密工作は、相手の警戒を避けるほど成功しやすくなります。一方で、事情を知らない民間人を危険へ巻き込んだなら、作戦の巧妙さとは別に検討すべき問題です。
また、ロシアが物流検査を強化すれば、一般の運転手や荷主にも遅延と監視が広がります。特殊作戦の影響は、破壊された航空機の数だけには収まりません。
大成功でも、戦争を止める一撃ではなかった

これだけ壊したなら、さすがにロシアの空襲は止まったんじゃない?
止まりませんでした。ロシアには残存するTu-95、Tu-160、地上・海上発射ミサイル、弾道ミサイル、大量の長距離ドローンがあります。蜘蛛の巣作戦後も、ウクライナへの大規模攻撃は続きました。

じゃあ、戦略的には意味がなかったのか?
それも違います。成果を戦術、作戦、戦略の三段階へ分けてみましょうか。
戦術的成果
- 複数の大型軍用機を破壊・損傷
- 短時間に複数基地を奇襲
- 補充困難な機体を選択的に攻撃
作戦的成果
- 航空機の分散と警備強化を強制
- 基地運用と整備の負担を増加
- ロシア奥地も安全ではないと証明
戦略的限界
- 長距離攻撃能力は残存
- 地上戦の主導権は変わらず
- 核戦力関連機への攻撃で緊張上昇
戦術的には明確な成功であり、作戦的にも基地防護の前提を変えました。戦略的にはロシアの長距離航空戦力を減らし、補充できない損害を与えた一方、戦争全体を逆転させる規模ではありませんでした。

成功の大きさと、戦争全体への効果は別に測る必要があるな。
さらに、ロシアの核戦力の一部を構成する機種への攻撃は、通常戦力を狙った軍事作戦であっても、相手が核抑止への脅威と受け取る危険を伴います。米国は事前通告を受けていなかったとReutersへ説明しました。
まとめ――射程を作ったのは、飛行性能ではなかった
蜘蛛の巣作戦で使われた117機という数字は、ウクライナ側が発表した投入FPV数です。41機はSBUが主張する攻撃機数であり、破壊確認数ではありません。公開映像、衛星画像、米側推定を合わせると、約10機以上の戦略爆撃機へ重大な損害を与えた可能性が高いと整理できます。
作戦の核心は、長距離ドローンの開発ではありません。短距離FPVを標的近くへ陸送し、基地の内側に近い場所から発進させることで、4,300キロという距離を秘密輸送へ置き換えたことでした。
蜘蛛の巣作戦は基地防護と非対称戦の常識を変えた大成功でしたが、空襲や地上攻勢を止める「一撃での勝利」ではありませんでした。

これほど成功したなら、前線も少しは楽になったの?
ところが、戦略爆撃機への一撃と、地上戦で主導権を取り戻すことは別の問題でした。蜘蛛の巣作戦が世界を驚かせている間も、ロシア軍は東部で小さな前進を積み重ねていました。

派手な一撃の陰で、遅い消耗戦が続いていたわけか。
次回は、2025年のロシア夏季攻勢を追っていきましょう。地図ではわずかに見える前進が、なぜウクライナの兵力、予備、防御線を継続的に削る脅威になったのでしょうか。
時系列表
| 時期 | 出来事 | 意味 |
|---|---|---|
| 2023年末頃 | ウクライナ側説明による作戦準備開始時期 | 1年半以上の秘密準備 |
| 2025年6月1日 | ロシア5地域の航空基地を攻撃 | ベラヤ、オレニヤで重大損害 |
| 6月2日 | 衛星画像による損害確認が始まる | ウクライナ発表を外部資料で検証 |
| 6月4~5日 | SBUが追加映像を公開、米側推定が報道 | 41機という主張と約10機破壊推定の差が判明 |
| 6月上旬以降 | ロシアが航空機分散・警備強化 | 基地防護と物流検査へ長期的影響 |
シリーズ記事
- 第19回:トランプ再登場――ウクライナ最大の補給線は米国だった
- 第20回:蜘蛛の巣作戦――117機のFPVが戦略爆撃機を襲った日
- 第21回:2025年ロシア夏季攻勢――なぜ遅い前進でも脅威なのか
使用画像・図版クレジット
- 蜘蛛の巣作戦の攻撃映像:ウクライナ保安庁(SBU)/Wikimedia Commons、CC BY 4.0
- 木製構造物内のFPV:ウクライナ保安庁(SBU)/Wikimedia Commons、CC BY 4.0
- Tu-95MS:Marina Lystseva/Wikimedia Commons、GFDL 1.2
- ヴァシル・マリューク:Ssu.gov.ua/Wikimedia Commons、CC BY 4.0
- ベラヤ航空基地の衛星画像:Planet Labs PBC、Capella Space/Handout via Reuters
- 記事内図解・比較表・模式図:Life-Hack Daily作成。公開資料を基にした独自整理
参考資料・外部リンク
- Reuters, To attack Russian air bases, Ukrainian spies hid drones in wooden sheds(2025年6月1日)
- Reuters Graphics, How Ukraine pulled off an audacious drone attack deep inside Russia
- ロイター「ウクライナのドローン奇襲、衛星画像が示すロ軍爆撃機の甚大被害」
- Reuters, Ukraine hit fewer Russian planes than it estimated, US officials say(2025年6月5日)
- IISS, Operation Spiderweb: an assessment of Russian Aerospace Forces losses
- CSIS, How Ukraine’s “Spider’s Web” Operation Redefines Asymmetric Warfare
- Mediazona, Caught in the web: The unsuspecting truckers at the heart of Ukraine’s Operation Spiderweb
※本記事は公開資料を基に、戦争・戦史上の出来事を分かりやすく整理したものです。交戦当事者の発表、外部推定、証言、記事独自の分析を区別し、確認できない事項はその旨を記載しています。戦況・損害・支配地域等の情報は、記事記載の基準日時点のものです。
※本記事は「東方Project」の二次創作です。キャラクター原作:上海アリス幻樂団/立ち絵素材:うさ義式(うさ義様)/本記事は各国政府・軍・関連組織および東方Project公式とは関係ありません。


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