
ねえ魔理沙。車って、トヨタや日産みたいな自動車会社が、部品まで全部作ってるの?

さすがに一社で全部は無理だぜ。ブレーキもシートも電子部品も、専門メーカーの力を借りている。

じゃあ私たちが知らない会社の部品が、車の中にはぎっしり入ってるわけ?

そういう会社ほど、表では無名でも世界市場では巨大だったりするんだ。
二人が話している「名前の見えにくい世界企業」。今回取り上げるタカタは、まさにその代表でした。
一般の人が店頭でタカタの商品を選ぶ機会は、ほとんどありません。それでも同社の製品は、世界中を走る自動車の運転席や助手席、そのすぐ近くに組み込まれていました。
まずは問題の話を急がず、この会社がどこから始まり、なぜ世界の自動車メーカーから頼られるようになったのかを見ていきましょう。
タカタの原点は、滋賀県の織物業だった
タカタの起源は1933年です。創業者の高田武三が、滋賀県彦根市で織物を扱う事業を始めました。
当初から自動車部品を作っていたわけではありません。繊維を織り、強く仕上げる技術を持つ会社でした。

自動車部品の話をしていたのに、いきなり布屋さんになったんだけど。

まあ待て。人の体を支えるシートベルトも、見方を変えればものすごく丈夫な織物だぜ。
魔理沙の言う通り、ここは意外につながっています。
タカタは織物の技術を生かし、船舶用の救命索やパラシュート用資材など、人の安全に関わる工業用繊維へ領域を広げました。
戦後になると、高田武三は自動車用シートベルトの将来性に注目します。当時の日本では、乗用車そのものがまだ十分に普及しておらず、シートベルトも当たり前の装備ではありませんでした。

売れる車も少ないのに、その安全ベルトを先に作ろうとしたの? 気が早くない?

車が増えてから始めたら、先に研究していた会社へ追いつけない。需要が見える前に動いたわけだな。
ええ。結果だけを見れば、この先回りは当たりました。
1956年には、自動車用乗員拘束装置などを製造する株式会社高田工場を設立。1960年に自動車用シートベルトの製造・販売を始めます。
製品を作るだけでなく、実車を使った衝突試験にも取り組みました。「本当に人を守れるか」を、自分たちで確かめる体制を整えていったのです。
シートベルトで国内トップメーカーへ
日本で自動車が急速に普及し、安全基準も整備されると、タカタの事業は大きく伸びました。
帝国データバンクによると、同社のシートベルトは国内の全自動車メーカーに採用され、タカタはこの分野のトップメーカーへ成長します。

しかも車は何百万台も作られるでしょ。一本採用されたら、注文の桁が家のカーテンとは違いそう。

比べる相手がカーテンなのはともかく、大量生産の強さはその通りだぜ。
霊夢の例えは少し独特ですが、重要な点を突いています。
自動車部品は、一つの車種に採用されると大量かつ長期間の受注につながります。さらに別の車種、別のメーカーへ採用が広がれば、会社の規模は一気に大きくなります。
ただし、自動車メーカーから選ばれ続けるには、価格が安いだけでは足りません。同じ品質で大量に作り、納期を守り、事故時には確実に作動することが求められます。
タカタは「布を加工する会社」から、「命を預けられる部品を、世界規模で同じ品質にそろえる会社」へ変わっていきました。
ベルトからエアバッグ、ハンドルまで
シートベルトで足場を築いたタカタは、そこで立ち止まりませんでした。
チャイルドシート、エアバッグ、ステアリングホイールへと事業を拡大。安全部品を単品で売る会社から、車内の安全システムをまとめて提案できる会社へ近づきます。

でもハンドルって、安全装置なの? 車を曲げるための丸いやつでしょ。

運転席のエアバッグは、その丸いやつの中に入ってる。別々に考える方が難しいんだ。
ここも魔理沙の説明通りです。
運転席用エアバッグはステアリングの内部へ収められます。ハンドルの形、衝突時の開き方、運転者との距離をまとめて設計できれば、自動車メーカーとの開発は進めやすくなります。
2000年には、ドイツのステアリングメーカー、ペトリを買収。欧州での顧客基盤と開発力も取り込みました。
タカタは米国、欧州、アジアへ生産・開発拠点を広げ、業界ではスウェーデンのオートリブに次ぐ世界第2位級の安全部品メーカーと評価されるまでになります。

そんな大企業なのに、私はタカタのお店もタカタの車も見たことがないわ。

部品にはタカタと書いてあっても、車の外には自動車メーカーの名前しか出ないからな。完全な裏方だぜ。
霊夢の違和感はもっともです。
タカタは、消費者へ完成品を直接売る企業ではありません。自動車メーカーへ部品を納めるBtoB企業です。知名度は低くても、取引額や従業員数は巨大になり得ます。
後に民事再生を申請する2017年3月期でさえ、タカタの連結売上高は約6,625億円ありました。
タカタ――織物から世界的安全部品メーカーへ
成功を形作った主な転換点
滋賀県彦根市で織物業として創業。工業用繊維の技術を蓄える。
自動車用乗員拘束装置などを作る株式会社高田工場を設立。
自動車用シートベルトの製造・販売を開始する。
海外展開を進め、エアバッグやチャイルドシートへ事業を広げる。
ドイツのペトリを買収。ステアリングを含む総合部品メーカーへ。
市場で、あるエアバッグ部品の異常が確認され始める。
出典:タカタ旧社の有価証券報告書、帝国データバンク、国土交通省資料などを基に作成。会社再編による法人上の変遷は簡略化しています。
ここまでの歩みは、後の問題を見るうえでとても大切です。
タカタは安全を軽く考えた素人集団ではなく、安全部品で何十年も実績を重ねた会社でした。
だからこそ、2000年代に入り、現場から届き始めた報告は重い意味を持ちます。
安全を作る会社に、見慣れない報告が届く
2004年以降、タカタ製エアバッグを搭載した車で、奇妙な事故が確認されるようになりました。
衝突時にエアバッグが作動した後、車内から金属片が見つかったのです。乗員には、事故の衝撃だけでは説明しにくい傷が残りました。

待って。エアバッグが壊れて、袋の切れ端でも飛んだの?

金属片ってことは、柔らかい袋の方じゃなさそうだな。中に機械が入ってるのか?
二人とも、ここで気になる場所は同じでしょう。
異常が起きたのは、体を受け止める袋だけではありません。袋を一瞬で膨らませる「インフレーター」と呼ばれるガス発生装置でした。
まず、その仕組みを短く見てみましょう。難しい化学式は使いません。
エアバッグは、小さな燃焼で一気に膨らむ
エアバッグの中へ、普段から大量の空気が詰められているわけではありません。
車が大きな衝撃を検知すると、インフレーター内部のガス発生剤へ点火します。燃焼による化学反応でガスを作り、そのガスが袋を一瞬で膨らませます。

えっ、ハンドルの中でわざと燃やしてるの? 安全装置の説明なのに、急に怖いんだけど。

燃やすこと自体が異常なんじゃない。決められた速さと圧力で燃えるなら、それで人を守れるんだろ。
はい。魔理沙の整理でほぼ合っています。
エアバッグは、衝突から乗員を守るまでに時間をかけられません。ごく短時間で大量のガスを作るため、管理された燃焼を利用します。
正常なら、金属容器は壊れず、発生したガスだけが決められた通路から袋へ流れます。

じゃあ金属片が出たってことは、その容器まで割れたの?

袋を膨らませる勢いが強すぎて、缶の方が耐えられなかった感じか。
その理解で大丈夫です。
タカタ製品の一部では、ガス発生剤の燃焼が想定より速くなり、内部圧力が急上昇しました。インフレーターが異常破裂すると、容器の破片がエアバッグを突き破り、車内へ飛散します。
正常な作動と、異常破裂の違い
エアバッグの仕組みを簡略化した図
正常に作動する場合
異常破裂する場合
出典:国土交通省およびNHTSAの説明を基に作成。実際の作動条件や劣化要因は、製品型式、製造状態、使用年数、温度・湿度などによって異なります。
なぜ硝酸アンモニウムを選んだのか
問題となった一部のインフレーターには、相安定化硝酸アンモニウム、略してPSANと呼ばれるガス発生剤が使われていました。
名前だけを聞くと、「危険そうな材料を、なぜわざわざ選んだのか」と思うでしょう。

うん。もっと安全そうな物があるなら、最初からそっちを使えばよかったじゃない。

大量生産する部品だ。大きさ、重さ、値段、作れるガスの量も比べて決めるはずだぜ。
ここでも、魔理沙の見方が役に立ちます。
自動車部品は、小型・軽量であるほど車へ組み込みやすくなります。一個当たりでは小さな価格差でも、何百万個と作れば大きな競争力になります。
PSANには、そうした設計・コスト面の利点が期待されました。採用した瞬間から、誰の目にも無謀だった材料というわけではありません。
一方で、湿気や温度変化の影響を受けやすく、長期間使ったときの安定性をどう保つかが難しい材料でした。

新品の試験では大丈夫でも、車の中で何年も夏と冬を繰り返すと変わるってこと?

車は十年以上使われることもある。工場を出る日の合格だけじゃ、安全を証明し切れないんだな。
そうです。ここがタカタ問題の厄介なところでした。
NHTSAは後の調査で、乾燥剤を含まない一部のPSANインフレーターについて、長期間の高温多湿や温度変化が重なるとガス発生剤が劣化し、異常破裂の危険が高まると説明しています。
注意:硝酸アンモニウムを使う製品すべてが同じ危険性を持つ、という意味ではありません。本記事で扱うのは、タカタが製造した特定型式、特に乾燥剤を含まない一部のPSANインフレーターを中心とする問題です。
最初は「一部の製造不良」と考えられた
市場で異常破裂が確認されたからといって、最初から原因と対象範囲がすべて分かるわけではありません。
特定工場の製造工程なのか、ある期間の部品だけなのか、湿気の入り方なのか。それとも材料と設計の組み合わせに、もっと広い問題があるのか。調査では、一つずつ切り分ける必要があります。

でも一件でも人を傷つけたなら、関係しそうな車を全部回収した方が安全じゃない?

関係しそう、の範囲が世界中の何千万台なら、交換部品も整備士も足りない。まず共通点を探すしかないぜ。
霊夢の考えは安全側ですし、魔理沙の指摘も現実です。
原因が特定できなければ、どの車から交換すべきか、どんな部品へ替えればよいかも決まりません。そのため初期のリコールは、製造時期や工場、車種を絞って始まりました。
2008年には米国で初期のリコールが行われ、日本でも2009年以降、自動車メーカー各社が段階的に届け出を進めます。
ところが、その後も別の製造期間や車種で異常が確認されました。

最初に囲った範囲の外でも壊れたら、『この工場のこの期間だけ』って説明が崩れるわね。

新しい事故が出るたび、原因の地図を描き直す必要がある。しかも描き直している間にも、車は走り続けるんだ。
まさにその状態でした。
2013年には複数の自動車メーカーが大規模なリコールを発表。2014年には、高温多湿地域だけを優先すればよいのか、他地域や別の型式まで広げるべきかが大きな問題になります。
リコールは「部品を作れば終わり」ではない
対象を広げるほど、交換用インフレーターの生産が必要になります。しかし、別会社の部品へ即座に入れ替えることはできません。
エアバッグは車種ごとに形や作動条件が異なり、新しい部品にも設計、試験、認証が必要だからです。

危ないと分かっても、安全な交換部品が棚に何千万個も置いてあるわけじゃないのね。

しかも部品を作った後、持ち主へ連絡して、販売店へ来てもらって、整備士が交換するところまで必要だ。
二人のやり取りで、巨大リコールの難しさがほぼ説明できています。
古い車は中古車として持ち主が変わり、住所変更、廃車、海外輸出もあります。通知を送っても届かない、届いても修理へ来てもらえないという問題が起きます。
そのため米国では、車の古さや高温多湿地域での使用期間などを基に、危険性の高い車から優先して交換する方式が取られました。
一時的に新しい同系統の部品へ替え、後から恒久対策品へ再交換する車もありました。リコールが大きすぎて、一度の修理で終えられない場合まで生じたのです。
追い詰められるタカタ
タカタは、世界へ大量供給できる会社だったからこそ大きくなりました。しかし、同じ製品思想が多数のメーカーへ広がっていたため、対象拡大のたびに必要な交換部品と費用も膨らみます。
過去に売った部品への負担が増える一方、自動車メーカーは新規採用を見直し始めました。これまでの責任へお金が出ていき、将来の受注まで弱くなる。会社は両側から圧迫されます。

昔の製品を直す費用は増えるのに、これから売れる部品は減る。売上が大きくても、かなり苦しくない?

しかも、どこまで対象が広がるか決まらない。請求額の上限が見えない会社に、金を貸す側も怖くなるぜ。
タカタはまだ工場を動かし、世界中へ部品を納めていました。それでも、会社の前には「最終的に何個を交換し、いくら負担するのか分からない」という巨大な穴が広がっていました。
そして問題は、エアバッグの材料や製造だけでは終わりません。
社内で行われていた試験、その結果がどのように記録され、自動車メーカーへ何が伝えられたのか。次に問われるのは、部品ではなく会社そのものの信用でした。

安全を証明するための試験まで問題になるの? もう製品だけの話じゃないじゃない。

ああ。後編では、技術の失敗が情報の不正と経営破綻へつながっていくぜ。
後編に続く
参考資料
- NHTSA「Takata Air Bag Recall Spotlight」
- NHTSA「Takata Recall Expansion: What Consumers Need to Know」
- 国土交通省「タカタ製エアバッグ問題の経緯」
- Takata Corporation「Report of Internal Investigation」
- 帝国データバンク「タカタ株式会社」
- TKJP株式会社(旧タカタ株式会社)
※本記事は公開資料を基に、タカタの企業史とエアバッグ問題を分かりやすく整理したものです。技術的な仕組みは読者向けに簡略化しています。人物・組織への評価は、確認できる事実と分析を区別して記載しています。
※本記事は「東方Project」の二次創作です。キャラクター原作:上海アリス幻樂団/立ち絵素材:うさ義式(うさ義様)/本記事は対象企業および東方Project公式とは関係ありません。


コメント