ロシア・ウクライナ戦争④ 国家の意地――「3日陥落都市」の防衛

戦争・戦史

ロシア・ウクライナ戦争はキーウの短期奪取が目標であった。

開戦初日、ロシア軍は巡航ミサイルの一斉攻撃と多方面からの地上侵攻を実施し、首都キーウの制圧を目指した。
世界第2位の軍事力を誇るロシア軍に対し、多くの軍事専門家やメディアは
「キーウは3日以内に陥落する可能性が高い」との見方を示していた。

しかし、その予測は外れる。

約1か月後の2022年4月2日、ロシア軍はキーウ州から撤退。
ロシア軍が短期決戦を前提として描いた作戦は完全に頓挫することとなる。

なぜ、圧倒的な戦力差がありながらロシア軍は首都攻略に失敗したのだろうか。

本記事では、キーウ攻防戦(2022年2月25日~4月2日)を時系列で追いながら、その理由を詳しく解説する。


項目 内容
戦争日数 2~38日目
対象期間 2022年2月25日~4月2日
主な戦場 キーウ北西部、ホストメリ、ブチャ、イルピン、イヴァンキウ、チェルノブイリ周辺
ロシア軍の主力 第35・第36諸兵科連合軍、空挺部隊、機械化部隊、砲兵部隊など
ウクライナ側の主力 ウクライナ陸軍、国家親衛隊、領土防衛隊、治安部隊など
ロシア軍の目的 首都キーウを包囲・制圧し、ウクライナ政府を早期に機能停止へ追い込む
最終結果 2022年4月2日までにロシア軍がキーウ州から撤退
今回の記事テーマ 軍事力で優位に立つロシア軍が、なぜ首都キーウの攻略に失敗したのかを整理する


ロシア軍、首都キーウへ迫る

開戦翌日の2月25日、ロシア軍はキーウ北西部で急速に前進を続けていた。

ベラルーシから侵攻した部隊は、チェルノブイリ立入禁止区域を経由し、イヴァンキウ、ホストメリ、ブチャ、イルピンなど首都周辺の要衝へ向かう。

ロシア軍の目的は明確だった。

首都キーウを包囲し、ゼレンスキー政権を崩壊させることである。

開戦前、西側情報機関はロシア軍が約15万~19万人をウクライナ周辺へ集結させていると分析していた。

このうちキーウ方面には、第35諸兵科連合軍、第36諸兵科連合軍、空挺部隊(VDV)などが投入され、戦車、歩兵戦闘車、自走砲を伴う機械化部隊が幹線道路を南下した。

一方のウクライナ軍は、ロシア軍の侵攻主力は東方であると誤認していたため、キーウ周辺に配置されていたのは僅か三個旅団のみ。

キーウ方面でのロシア軍とウクライナ軍の兵力差は12:1にまで開いていた。

ロシア軍は「電撃戦」による短期決戦を目指し、キーウへと進軍を続けた。

一方、前回記事で述べたとおり、ロシア軍はインフラ破壊を怠ったことでウクライナ軍に立て直しの機会を与えることになる。
首都を救援するため、東部地域のウクライナ部隊は鉄道を用いて集結していく。


開戦時のキーウ方面戦力(概略)

項目 ロシア軍 ウクライナ軍
主力部隊 第35・第36諸兵科連合軍、空挺部隊(VDV)など 陸軍・国家親衛隊・領土防衛隊
戦力 戦車・装甲車・砲兵・航空戦力で優位 地形を利用した防衛戦を展開
目的 首都制圧・政権交代 首都防衛・侵攻阻止

「60km車列」─世界を驚かせた巨大車列

2022年2月末、アメリカの衛星画像会社Maxar Technologiesが公開した写真は、世界中へ衝撃を与えた。

キーウ北方へ延びる、約64km(約40マイル)にも及ぶロシア軍の巨大車列である。

(2022年2月28日、衛星画像。 引用元:開戦当初、衛星画像が捉えたウクライナ首都近郊で停止するロシア軍の車列 – CNN.co.jp)

数百両とも数千両とも推定される戦車、装甲車、トラック、燃料車、補給車両が一本の道路上へ長く連なっていた。

そしてこの巨大車列は数日にわたり、ほとんど前進しなかったのである。

なぜ、このような奇妙な事態が起きたのか。

第一に、補給能力の限界である。

ロシア軍は短期間で首都へ到達できることを前提に作戦を立案していたと考えられており、燃料や食料、予備部品の補給体制が長期戦を想定したものではなかった。

第二に、道路事情である。

キーウ北方には森林や湿地帯が広がっており、2月末から3月にかけては雪解けによる泥濘(ラスプーチツァ)が発生する時期だった。
舗装道路を外れた大型車両はぬかるみに沈み、進撃速度は著しく低下した。

第三に、ウクライナ軍の妨害である。

一列になった車列は砲兵やドローンからの格好の的であった。
ウクライナ軍は正面から決戦を挑まず、小規模部隊による待ち伏せ攻撃(ゲリラ戦術)や橋梁の爆破、補給車列への攻撃を繰り返した。
燃料車や弾薬車両が破壊されることで、前線部隊の前進はさらに困難になった。

巨大車列は、ロシア軍の圧倒的な軍事力を象徴する存在として現れた。

しかし、結果として巨大でありながら動けなくなった軍隊となった。


「60km車列」が停滞した主な要因

要因 影響
補給不足 燃料・食料・弾薬の不足
泥濘(ラスプーチツァ) 舗装道路外を進めず渋滞
ウクライナ軍の待ち伏せ 補給車両・燃料車への攻撃
指揮・通信の混乱 部隊間の連携不足

市街地戦――戦車の限界

ロシア軍はキーウへ向かう主要道路を進撃したが、その先にはウクライナ軍が構築した防衛線が待ち受けていた。

特にブチャ、イルピン、ホストメリは、首都防衛の最前線となる。

ウクライナ軍は、広い平原で正面から戦車部隊を迎え撃つことは避けた。

代わりに、市街地や森林、河川といった地形を最大限に利用し、小規模部隊による機動的な防衛戦を展開した。

イルピン川に架かる橋は爆破され、ロシア軍の装甲部隊は進撃ルートを制限される。

(2022年5月23日イルピン 引用元:By Sasha India from Irpin, Ukraine – Irpin, Ukraine (23-05-2022), CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=130436287)

建物や樹林帯に潜む部隊は、戦車や装甲車を至近距離から攻撃した。
森林地帯に隠蔽したT-64系戦車からの奇襲的攻撃、ドローンを利用しての精密砲撃。ウクライナ領土防衛隊やウクライナ軍は、お互いが消耗する激しい戦闘に引き込んだ。

戦車は広い平原では高い機動力を発揮する。

しかし、市街地では建物や狭い道路によって機動が制限され、歩兵との連携を欠けば脆弱な存在となる。

キーウ近郊では、まさにその弱点が露呈した。

ロシア軍は首都まであとわずか数十kmの地点へ迫りながら、防衛線を突破できず、戦線は徐々に膠着状態へと移っていく。

そして、この市街地戦で世界中の注目を集めることになる兵器があった。

アメリカ製「ジャベリン」とイギリス・スウェーデン共同開発の「NLAW」である。

ジャベリンとNLAW

キーウ近郊での戦闘を語るうえで欠かせないのが、携行式対戦車兵器の存在である。

その代表が、アメリカ製のFGM-148「ジャベリン(Javelin)」と、イギリス・スウェーデン共同開発のNLAW(Next Generation Light Anti-tank Weapon)である。

ジャベリンは1996年に実戦配備された赤外線誘導式対戦車ミサイルで、発射後は自動的に目標へ向かう「撃ちっぱなし(Fire and Forget)」方式を採用している。

さらに最大の特徴は、戦車の装甲が最も薄い上部を狙うトップアタック方式である。ロシア軍の主力戦車T-72、T-80、T-90などはいずれも車体上面の装甲が比較的薄く、この攻撃方式は極めて有効だった。

一方のNLAWは、有効射程約20~800mと比較的短いものの、市街地戦を想定して設計された兵器であり、建物の陰から素早く発射し、そのまま退避できる点が大きな特徴だった。

開戦までにイギリスは数千発規模のNLAWを供与し、アメリカも数千発規模のジャベリンを提供していた。これらは侵攻開始前からウクライナ軍へ配備され、兵士への訓練も進められていた。

もちろん、「ジャベリンだけでロシア軍を止めた」という評価は正確ではない。

ロシア軍の進撃が止まった背景には、補給の混乱、指揮統制の問題、泥濘(ラスプーチツァ)、市街地での戦術、防衛側の士気など、多くの要因が重なっている。

しかし、これらの対戦車兵器がロシア軍の装甲部隊へ大きな心理的・戦術的圧力を与えたことは、多くの軍事専門家が共通して指摘している。

「戦車は無敵」という従来のイメージは、この戦争で大きく揺らぐことになった。

(ジャベリン 引用元Army-fgm148 – FGM-148 ジャベリン – Wikipedia)

(NLAW 引用元NLAW – 対戦車兵器)


ジャベリンとNLAWの比較

項目 ジャベリン NLAW
開発国 アメリカ イギリス・スウェーデン
誘導方式 赤外線誘導(撃ちっぱなし) 予測線照準方式
特徴 上面攻撃・長射程 軽量・市街地戦向き

経済制裁――戦場の外でも始まった戦い

侵攻開始から数日で、欧米諸国はロシアに対する大規模な経済制裁を発表した。

アメリカ、EU、イギリス、日本などは協調して金融・貿易・技術分野で制裁を実施し、ロシア経済へ大きな圧力をかけた。

主な内容は次のとおりである。

  • ロシア中央銀行の外貨準備資産の凍結
  • 主要銀行のSWIFT(国際決済網)からの排除(一部)
  • 半導体や先端技術製品の輸出規制
  • 政府高官・実業家への資産凍結
  • 航空機部品などの輸出停止

これにより、ロシア経済は大きな混乱に直面した。

一方で、ロシア政府は資本規制やルーブル防衛策、エネルギー輸出の継続などによって急激な金融危機を回避しようとした。そのため、制裁の効果は短期・中長期で評価が分かれる部分もある。

軍事作戦だけでなく、金融・外交・情報の各分野でも戦いが始まっていたのである。

(2月22日ホワイトハウス 侵攻を非難するバイデン氏 引用元ロシアに西側各国が次々と制裁、ロシアは「国際法違反」とバイデン氏 – BBCニュース)


ロシア軍撤退――短期決戦の終わり

3月下旬になると、キーウ方面の戦況は大きく動き始める。

ロシア軍は依然として首都周辺に展開していたものの、包囲は完成せず、前線では補給や兵員の消耗が深刻化していた。

そして2022年3月29日、ロシア国防省はイスタンブールでの停戦交渉に合わせ、「キーウ方面およびチェルニヒウ方面での軍事活動を縮小する」と発表した。

そして4月2日

ウクライナ国防省はキーウ州全域からロシア軍が撤退したと発表した。

侵攻開始から約1か月。

ロシア軍が最優先目標としていた首都攻略は実現しなかった。

一方で、撤退後のブチャなどでは多数の民間人の遺体が発見され、国際社会に大きな衝撃を与えた。ロシア側は関与を否定しており、事実関係を巡る調査や法的手続きは現在も続いている。

キーウ攻防戦は終結したが、戦争そのものは終わらない。
ロシア軍は戦力を東部・南部へ再配置し、戦争は新たな段階へ移っていく。

(侵攻イメージ画像。占領間近だったことが分かる)


まとめ

キーウ攻防戦の結果は、ロシア・ウクライナ戦争における最初の大きな転換点となった。

侵攻開始当初、多くの専門家はロシア軍が短期間で首都を制圧すると予測した。しかし実際には、ウクライナ軍は組織的な防衛を維持し、ロシア軍は多くの問題に直面した。

「短期決戦」は、ここで終わりを迎えた。

キーウ防衛の成功によって得たものは、一つの都市を守り切ったという事実だけではない。

それは圧倒的な大国VS小国という戦争全体の構図を変え、国際社会の支援を加速させる、大きな希望であったのだ。

次回予告

次回は「マリウポリ包囲戦」を取り上げる。

黒海沿岸の戦略都市マリウポリは、なぜロシア軍にとって重要だったのか。アゾフスタリ製鉄所で続いた籠城戦、人道回廊を巡る攻防、そして数万人規模の市民が巻き込まれた市街戦を、時系列に沿って詳しく解説する。

参考資料・外部リンク

キーウ攻防戦・戦況分析

ウクライナ政府・国際機関

ジャベリン・NLAW

対ロシア経済制裁

ブチャを含む民間人被害の調査

コメント

タイトルとURLをコピーしました