
ちょっと待って。9月末に「ヘルソンはロシア領だ」って宣言したんでしょ? その一か月ちょっと後に自分から撤退したの?

政治的に国境線を引いても、ドニプロ川や補給路までは変わらないからな。
2022年秋、ロシアは戦争開始以来でも最大級の政策転換を行いました。
9月21日に部分動員を発表し、9月30日には占領下のドネツク、ルハンスク、ザポリージャ、ヘルソン4地域をロシアへ編入すると宣言します。
ところが11月9日、ロシア軍はその「自国領」としたはずのヘルソン州都から撤退する決定を下しました。

それって、併合宣言そのものが戦場では何の意味もなかったってこと?
意味がなかったわけではありません。国内政治や戦争継続の説明には大きな意味がありました。しかし、政治宣言だけでは軍隊の補給条件を変えられなかったのです。
第8回では、ハルキウ敗北で露呈した兵力不足から、部分動員、4州併合、そしてヘルソン撤退までを一本の流れで追います。
- 第8回サマリー
- ハルキウ敗北――兵力不足をもう隠せない
- 9月21日――約30万人の「部分動員」
- 動員はロシア国内にも戦争を広げた
- 9月23~30日――占領地を先に「ロシア領」にする
- 併合の意味――戦争の説明を「自国領防衛」へ変える
- ところが「ロシア領」と宣言したヘルソンで危機が進んでいた
- ハルキウとヘルソン――同じ反攻なのに速度が違う
- ドニプロ川――天然の防壁であり、補給上の弱点でもある
- HIMARS――橋を消す兵器ではなく、渡河能力を削る
- 部分動員は「失敗」だったのか
- 11月9日――「州都を守る」より「軍を守る」
- 同じドニプロ川が「弱点」から「防壁」へ変わる
- 11月11日――ウクライナ軍がヘルソンへ進入
- 11月14日――ゼレンスキーが解放後の州都へ
- それでも、ヘルソン撤退は軍事的には合理的だった
- 9月から11月――何が本当に変わったのか
- まとめ――政治は国境を宣言できても、補給路は宣言では動かない
- 第8回――主要時系列
- シリーズ記事
- 使用画像・図版クレジット
- 参考資料・外部リンク
第8回サマリー
| 対象期間 | 2022年9月21日~11月14日 |
|---|---|
| ロシア側の大転換 | 予備役を大規模に招集する部分動員へ移行 |
| 政治的措置 | 占領下4地域で「住民投票」を実施し、9月30日に一方的な併合を宣言 |
| 南部の主戦場 | ヘルソン州ドニプロ川西岸 |
| ウクライナ側の方法 | 正面突破だけでなく、橋梁・渡河点・弾薬庫・指揮所へ継続的に圧力 |
| ロシア側の判断 | 西岸の州都を維持するより、部隊を東岸へ撤収して戦力を保存する |
| 結果 | 11月11日にウクライナ軍がヘルソン市へ進入。ロシア軍はドニプロ川東岸を新たな防御線とする |
ハルキウ敗北――兵力不足をもう隠せない
前回のハルキウ大反攻で、ロシア軍はバラクリヤ、クピャンスク、イジュームを短期間で失いました。
重要だったのは、単に領土を失ったことではありません。第一線が破られた時、突破口を塞ぐ予備兵力が足りないという問題が露呈したことです。

春からずっと出てきた「歩兵不足」が、とうとう戦線崩壊として表に出たわけだ。
FPRIのRob LeeとMichael Kofmanは、ロシア軍が大規模な長期戦を戦うには動員なしでは人的資源が不足する構造だったと分析しています。
夏までロシアは契約兵、志願兵、地域ごとの志願大隊などで補充を試みました。しかしドンバス攻勢での損耗と長大な前線を同時に支えるには足りませんでした。
常備軍・契約兵中心で
短期決着を狙う
キーウ・ドンバスで
人的損耗が蓄積
ハルキウで予備不足が
戦線崩壊として露呈
国家規模で追加兵力を
前線へ投入
9月21日――約30万人の「部分動員」
9月21日、プーチン大統領はテレビ演説で部分動員を発表しました。ロシア国防相ショイグは、約30万人の予備役を招集する方針を示します。
ロシア政府は、軍務経験や必要な軍事技能を持つ予備役を中心に招集すると説明しました。

30万人も増えるなら、ロシア軍は一気に元の強さへ戻れるんじゃない?
人数は大きいですが、召集した瞬間に30万人の訓練済み戦闘部隊が完成するわけではありません。
兵士には装備、指揮官、部隊編制、射撃訓練、通信、衛生、補給が必要です。短期間で前線へ送れば、人数は増えても部隊の質は均一になりません。

攻撃用の精鋭部隊を作るより、まず長い塹壕線を埋める兵として使う方が早そうだな。
実際、後の戦況ではその役割が重要になります。FPRIは、訓練不足の動員兵が大きな損害を出した例を指摘する一方、動員によってロシア軍の戦線密度が上がり、ハルキウ時のような極端に薄い正面を減らす効果もあったと評価しています。
動員はロシア国内にも戦争を広げた

部分動員の発表後、モスクワやサンクトペテルブルクなど複数都市で抗議活動が発生しました。OVD-Infoの集計を引用した複数報道では、9月21日だけで1,300人を超える拘束者が出たとされています。
国外へ向かう航空券の売り切れや国境での混雑も報じられ、動員は戦場だけでなくロシア社会にも直接的な負担を広げました。

それまで前線の兵士だけの問題だったものが、予備役の家庭まで一気に近づいたわけね。
そう見ることができます。短期の「特別軍事作戦」として始まった戦争が、より多くの人的資源を国家から引き出す長期戦へ変わった象徴でした。
9月23~30日――占領地を先に「ロシア領」にする
部分動員とほぼ同時に、ロシアはもう一つの大きな政治措置を進めました。
9月23~27日、ロシア軍が占領するドネツク、ルハンスク、ザポリージャ、ヘルソン各地域で、ロシア編入の是非を問うとする「住民投票」が行われました。
そして9月30日、プーチン大統領は4地域のロシア編入を宣言し、編入条約への署名式を行いました。

でも、その4州を全部占領できていたわけじゃないんだよね?

だから軍事的には「取った土地を国境にした」より、「まだ取ってない土地まで自国領だと主張した」に近いな。
その通りです。ロシアはこの時点で4州すべてを完全支配していませんでした。
ロシア側が広い地域を占領していたが、クラマトルスクやスロビャンスクなど州北西部はウクライナ側が保持。
7月時点でロシア側がほぼ全域を掌握したが、9月のウクライナ反攻後には州境方面で再び戦闘が進む。
南部をロシア側が占領する一方、州都ザポリージャはウクライナ側が保持。
州都ヘルソンを含む広い地域を占領していたが、西岸ではすでにウクライナ軍の反攻が進行中。
NATOや国連加盟国の大多数は、この「住民投票」と併合を国際法上認めない立場を示しました。本記事でも国際的に承認された国境と、ロシア政府が主張する国境は区別して記載します。
併合の意味――戦争の説明を「自国領防衛」へ変える
では、完全占領していない土地まで併合すると宣言することに何の意味があったのでしょうか。
ロシア政府の国内向け論理では、その後ウクライナ軍がこれらの地域へ攻撃すれば、「ロシア領への攻撃」と説明できるようになります。

「外国で戦ってる」から「自分たちの国土を守ってる」って説明へ変えられるわけか。
はい。部分動員と併合は別々の出来事ではなく、戦争を長期化させる政治的・人的な基盤を同時に作る政策として見るとつながります。
ところが「ロシア領」と宣言したヘルソンで危機が進んでいた
政治上の宣言とは別に、南部ヘルソンでは戦場の条件が悪化していました。
ヘルソン市はドニプロ川の西岸にあります。ロシア軍の主要補給基盤は川の東側、さらにクリミア方面へ続いていました。

つまり西岸部隊の後ろに大河がある。弾薬も燃料も、どこかで川を越えないと届かないな。
それがヘルソン戦の核心です。
ハルキウとヘルソン――同じ反攻なのに速度が違う
ここで一つ疑問が出ます。9月のハルキウではロシア軍の前線が数日で崩れました。しかしヘルソンでは、8月末にウクライナ軍が攻勢を始めてから西岸全域を奪還するまで2か月以上かかっています。

同じウクライナ軍なのに、どうしてヘルソンでは一気に突破できなかったの?
ハルキウ方面
- 定員割れのロシア部隊が多い
- 動員兵・国家親衛隊なども混在
- 十分な機動予備が乏しい
- 突破後に戦線全体が急速に連鎖崩壊
ヘルソン方面
- 空挺軍など比較的有力な部隊を配置
- 縦深防御を構築
- 開けた地形で攻撃側を発見しやすい
- 砲兵・防空で正面突破を阻止
FPRIは、両戦役の最大の違いをロシア側守備兵力の質と密度に置いています。

第7回の勝ち方を、そのまま別の戦場へコピーできるわけじゃないんだな。
そうです。ヘルソンではロシア軍を正面突破で崩すより、西岸にいる部隊を長期的に維持しにくくすることが重要になりました。
ドニプロ川――天然の防壁であり、補給上の弱点でもある
弾薬、燃料、食料、増援、整備物資などの主要供給側。
大河川障害
空挺軍など多数のロシア部隊が防御。前線を維持するには継続補給が必要。
「アントニウスキー橋一本だけが生命線だった」という説明は正確ではありません。
ロシア軍はアントニウスキー道路橋だけでなく、鉄道橋、ノヴァ・カホウカ方面の渡河点、フェリーなども利用しました。

じゃあ橋を攻撃されても、補給は完全には止まらなかったんだ。
はい。FPRIも、ロシア軍がフェリーやダム渡河に依存しながら砲撃と防御を続けられたと指摘しています。
重要なのは「ゼロか百か」ではなく、一日にどれだけ安全に運べるかです。
HIMARS――橋を消す兵器ではなく、渡河能力を削る

ウクライナ軍は夏以降、ドニプロ川を渡る主要経路や後方拠点へ精密攻撃を継続しました。
アントニウスキー橋などは繰り返し損傷を受け、大型車両を通常通り大量通行させることが難しくなります。

それでもフェリーで運べるなら、HIMARSだけで撤退させたとは言えないな。
その通りです。FPRIはむしろヘルソン戦を、HIMARSの効果を過大評価しないための例としても挙げています。
ロシア軍は補給拠点を後方へ移し、指揮所を防護し、フェリーを利用して適応しました。それでも渡河輸送の負担とウクライナ側の地上攻勢が重なり、西岸防衛の条件は徐々に悪化します。
精密攻撃は重要だったが、ヘルソン撤退は、ウクライナ軍の継続的な地上攻勢、ロシア側の兵力配置、西岸という地理、渡河補給の制約、今後の損耗見通しを合わせて判断した結果と見る必要がある。
部分動員は「失敗」だったのか

でも30万人も動員したのにヘルソンを失うなら、動員は失敗だったんじゃない?
ここも「ヘルソンを守れたか」だけで評価すると見誤ります。
動員兵の訓練・装備不足は深刻で、前線へ短期間で投入された部隊では大きな損害も生じました。しかし人数が増えれば、広い防御線へ配置できる兵士も増えます。

精鋭の攻撃軍にはすぐならなくても、ハルキウみたいな「薄すぎる前線」を減らす効果はあるわけだ。
FPRIはまさにそこを指摘しています。ヘルソン西岸を救うには間に合わなくても、動員はその後のロシア軍が前線密度を高め、防御へ移るうえで重要な人的資源になりました。
つまり部分動員は、ロシア軍を即座に強力な攻撃軍へ戻したわけではありませんが、戦争を続ける能力を延長したという意味では効果を持ちました。
11月9日――「州都を守る」より「軍を守る」
11月9日、ロシア軍総司令官セルゲイ・スロヴィキンはショイグ国防相とのテレビ会議で、ドニプロ川西岸から東岸へ撤退することを提案しました。
スロヴィキンは、西岸部隊への十分な補給を維持することが困難であり、東岸へ新しい防御線を置くべきだと説明しました。ショイグは撤退を承認します。

「ロシア領」と宣言した州都を、自分から捨てる判断をしたんだ……。

政治的には大敗北。でも軍事的には、西岸で精鋭を消耗し続けるより合理的かもしれない。
ここがハルキウ撤退との最大の違いです。
| ハルキウ撤退 | ヘルソン撤退 | |
|---|---|---|
| 発端 | 防御正面を突然突破され、後方へ高速進撃を許す | 数か月の攻勢と補給圧力で西岸保持の条件が徐々に悪化 |
| 撤退の性格 | 突破後に短期間で広域撤退 | 撤退準備を進めたうえで東岸へ部隊・装備を移す |
| 装備 | 多くの装備・弾薬を放棄 | FPRIはロシア軍が装備の大部分を持ち出したと評価 |
| 政治的意味 | 春以来のイジューム攻勢構想が崩壊 | 併合を宣言した唯一の占領州都を放棄 |
| 軍事的意味 | 前線崩壊を止めるための後退 | ドニプロ川を新しい天然防御線として利用し、戦力を保存 |
同じドニプロ川が「弱点」から「防壁」へ変わる
背後の大河を越えて補給・増援・撤退を行う必要があり、渡河点への精密攻撃が弱点になる。
今度はドニプロ川そのものが巨大な障害となり、ウクライナ側が追撃するには大規模渡河作戦が必要になる。

川の西にいる時は邪魔で、東へ戻れば守ってくれる。立つ場所だけで意味が逆になるのね。
そうです。地形は「有利な地形」「不利な地形」と固定的に決まるものではありません。作戦目的と補給方向によって意味が変わります。
11月11日――ウクライナ軍がヘルソンへ進入

ロシア側の撤退発表から2日後の11月11日、ウクライナ軍はヘルソン市へ進入しました。
ISWは同日、ウクライナ軍がドニプロ川西岸の解放を完了しつつあると評価しています。

市街地で最後の大決戦をして奪ったわけじゃないんだな。
はい。ウクライナ軍はヘルソン市中心部を正面突撃で攻略したのではなく、数か月の戦闘と後方への圧力によってロシア側が西岸全体を放棄する状況を作りました。
11月14日――ゼレンスキーが解放後の州都へ

11月14日、ゼレンスキー大統領は解放後のヘルソンを訪れ、州政府庁舎前での国旗掲揚式に参加しました。
ロシアが併合を宣言してから約1か月半。政治上「永遠にロシア」と位置付けた州都には、再びウクライナ国旗が掲げられました。

政治的には、かなり重い敗北ね。
その通りです。侵攻後にロシア軍が占領した唯一の州都を失い、しかも併合宣言直後でした。
それでも、ヘルソン撤退は軍事的には合理的だった

でも都市を守るために精鋭部隊を失うより、川の向こうへ下げた方が戦争全体では得かもしれないぜ。
FPRIは、ロシア軍がヘルソンから大部分の装備を持ち出し、比較的秩序立った撤退を実施したと評価しています。
その通りですね。西岸に残り続ければ、ウクライナ軍の攻勢と渡河補給への圧力を長期間受け、ロシア空挺軍など比較的価値の高い部隊を消耗し続けることになります。
東岸へ下がれば州都は失いますが、戦線は短くなり、巨大なドニプロ川を防御障害として使えます。
9月から11月――何が本当に変わったのか
ハルキウ敗北からヘルソン撤退までの約2か月は、ロシアの戦争が別の段階へ入った時期でした。
部分動員によって人的資源を増やし、4州併合によって戦争継続を国内向けに再定義しました。一方、軍事面では「取った都市を何が何でも守る」より、守りやすい線まで下がって兵力を保存する判断も行いました。

最初のロシア軍は「早く勝つ軍」だったけど、ここからは「簡単には負けない軍」に変わっていく感じ?

攻勢能力をすぐ戻すより、人を増やして戦線を固める方向だな。
その変化が、2022年末以降の戦場を大きく左右します。
ハルキウのような高速機動で広い地域を一気に奪還できる条件は減り、ロシア側は防御線を厚くします。同時に東部では、ワグネルを中心とする攻撃がバフムートへ集中していきました。
まとめ――政治は国境を宣言できても、補給路は宣言では動かない
9月21日、ロシアは部分動員へ踏み切りました。これは人的不足を埋め、戦争を継続するための大転換でした。
9月30日には4地域の併合を宣言し、占領地を「ロシア領」と位置付けます。しかし、その宣言はドニプロ川西岸にいる部隊の補給条件を改善しませんでした。
ヘルソンでは精強な部隊と縦深防御があったため、ハルキウのような急速な崩壊は起きませんでした。それでも、橋梁・渡河点・後方拠点への精密攻撃と地上攻勢が続くほど、西岸を維持するコストは高まります。

「ここは自分の領土だ」って言うことと、「そこを軍事的に守り続けられる」ことは別なんだね。
第8回の答えはそこです。
ロシアは政治的には占領地を固定しようとした。しかし軍事的には、固定できない場所から撤退して戦力を保存する必要があった。

そして保存した兵力と新しく動員した兵を使って、今度は長い消耗戦を続けるわけか。
次の舞台がバフムートです。
機甲部隊が大きく動く戦争から、都市と塹壕をめぐって数か月単位で兵士を消耗する戦争へ。第9回では、ワグネル、受刑者募集、ソレダール、そして「勝利」と引き換えに何を失ったのかを追います。
第8回――主要時系列
シリーズ記事
使用画像・図版クレジット
- 部分動員反対デモ:BBC News掲載画像。CC等のオープンライセンスは確認していないため、報道資料の引用として出典を明記。
- 2022年7月1日のHIMARS:Getty Images/掲載元:Báo Tin tức。オープンライセンス画像ではないため引用扱い。
- 2022年11月11日のヘルソン州ウクライナ戦車部隊:Defense of Ukraine/Wikimedia Commons/Public Domain(PD-UA-exempt)。
- 2022年11月14日のヘルソン国旗掲揚式:President Of Ukraine/Wikimedia Commons/CC0 1.0。
参考資料・外部リンク
- Foreign Policy Research Institute:Rob Lee / Michael Kofman「How the Battle for the Donbas Shaped Ukraine’s Success」
- President of Russia:Address by the President of the Russian Federation(2022年9月21日・部分動員)
- President of Russia:Executive Order on partial mobilisation(2022年9月21日)
- President of Russia:Signing of treaties on accession of Donetsk, Lugansk, Zaporozhye and Kherson regions(2022年9月30日)
- NATO:Statement on the so-called referenda in parts of Ukraine(2022年9月22日)
- NATO:Secretary General press point on Russia’s attempted annexation(2022年9月30日)
- ISW:Russian Offensive Campaign Assessment, November 9, 2022
- ISW:Russian Offensive Campaign Assessment, November 11, 2022
- Reuters:Russia abandons Ukrainian city of Kherson in major retreat(2022年11月9日)
- Reuters:Russia’s war hawks rally behind Kherson withdrawal(2022年11月10日)
- BBC News:Hundreds arrested at anti-mobilisation protests in Russia
- Báo Tin tức:ウクライナ東部のHIMARS写真掲載記事
- Wikimedia Commons:Kherson Counteroffensive Tanks (Cropped).png
- Wikimedia Commons:Volodymyr Zelenskyy in liberated Kherson
※本記事は公開資料を基に、戦争・戦史上の出来事を分かりやすく整理したものです。交戦当事者の発表、外部推定、証言、記事独自の分析を区別し、確認できない事項はその旨を記載しています。
※本記事は「東方Project」の二次創作です。キャラクター原作:上海アリス幻樂団/立ち絵素材:うさ義式(うさ義様)/本記事は各国政府・軍・関連組織および東方Project公式とは関係ありません。


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